安倍首相の不信任 都議選後の世論調査 

安倍首相の不信任 都議選後の世論調査 17・7・20
 都議選後も安倍内閣と自民党批判が続いている。選挙後、読売、時事・朝日、共同等の世論調査が発表されたが、時事通信、朝日、共同などでは、安倍政権の支持率が30%を割った。都議選はいわば安倍内閣不信任が突きつけられた選挙だともいえる。
◆女性の安倍不信任と自民党離れ 無党派層48%へ 読売新聞
安倍政権の「広報紙」となった読売新聞の都議選後の全国世論調査は衝撃的である。7月7日~9日、全国世論調査の結果、①安倍政権支持率は前回調査(6月17~18日)の49%から13ポイント下落し36%。212年の12月の第二次安倍政権発足以降で最低となった。不支持率は52%(前回41%)で最高となった。②性別や年代を問わず、「安倍離れ」が広がっている。男女別にみると、女性で厳しい見方が顕著に現れた。女性の内閣支持率は、前回(6月調査)からマイナス18ポイント減の28%に下落した。専業主婦に限っても、マイナス18ポイント減の27%とほぼ同様である。③今回調査では、無党派層の割合は前回より7ポイント増えて47%となり、第二次安倍政権発足以降では14年8月の49%に近い高水準となった。一方で、無党派層の内閣支持率は16%で、第二次安倍内閣以降で最も低くなった。④自民党が歴史的惨敗を喫した東京都議選の結果について、「よかった」とした回答は全体で65%に上がり、安倍内閣支持層と自民支持層でも、それぞれ54%と半数を超えた。しかも「安倍内閣を支持しない」最大の理由は「安倍首相が信頼できない」が断トツの49%に上っている。自民党支持率も前回の41%から30%へと下落した。今次都議会選挙の敗者は安倍・菅一強体制であることは明らかだ。しかもその後の各種世論調査結果は、時事通信が支持率29%台、続々と安倍政権不信任の結果が出ている。
◆第二の敗者は安倍・菅ベッタリ日本維新
第二の敗者は見過ごされているが日本維新である。橋下、松井代表が官邸に出入りして、重要法案の強行採決に同意し自公+維新の与党を自認している。その典型が稲田防衛相の「自衛隊としてもお願いしたい」という大失言への対応だ。自民党内部でさえ「赦し難い」という批判の声が上がっているにもかかわらず、維新の松井代表は「辞任には値しない」と稲田氏を擁護し続けた。あまりにも世論と遊離していたことに気づいたか橋下元代表がツイッターで投票日直前、稲田防衛相の辞任を求めた。あわてて維新・松井一郎代表も「稲田朋美防衛相は早く辞めるべき」と辞任不要論を軌道修正した。(産経新聞17・ 6・30) 維新は4年前の都議選で初めて都議会に2議席を得たが今回は1議席。
 第三の敗者は都議選連敗、国政選挙三連敗の民進党だ。かつて〇九年都議選で都議会第一党を誇った民主党は230万票と54議席で都議会第一党となった。その後013年は前年の総選挙での民主党政権転落を受けて69万票の惨敗。今回の都議選では38万票と半減、議席数もわずか5議席に転落した。以下の都議選における「主要政党の党派別得票数一覧」を参照。敗者として挙げた自民の得票減は37万票、維新の得票減は32万票、民進の得票減は31万票だ。三党ともに30万票台の減少だが、壊滅に等しいのは維新と民進の両党だ。
2009・2013・2017年得票数比較  ()は獲得議席数
都民ファースト  2017年      188万票(55)
自民党 146万票(38)→163万票(59) → 126万票(23) 37万減
共産党 71万票(8)→61万票(17) → 77万票(19) 16万増
公明党 74万票(23)→63万票(23) → 73万票(23) 10万増
民進党 230万票(54)→69万票(15) → 38万票(5) 31万減
生活者ネット 11万票(2)→9万票(3)→7万票(1) 2万減
維新 (2013年・2017年) 37万票(2) →5万票(1)32万票減
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渡辺文学氏禁煙40年の挨拶とポイ捨て拾い

渡辺文学氏禁煙40年の挨拶とポイ捨て拾い 17・6・17
 畏友渡辺文学こと文さんから昨日「7月23日に傘寿を迎えます」とのメールが届いた。それで彼の禁煙歴は40年になると知った。ということは文さんは40歳までは煙草を吸い酒を飲み運転もしていたわけである。何しろ若かった。横浜で公害研の会議を終えて東京に帰る時、彼の車に乗せてもらった。煙草を吸いながら、アルコールが入って夜の京浜国道を走るわけだからスピード違反すれすれで、乗っていてハラハラしていた。それが突然、煙草をやめ、車の免許までも返上した。以降は禁煙運動の旗手として日本のたばこ問題の第一人者として今日まで活動を続けている。以下は彼のメールである。

―あと10日。7月23日に、80歳=傘寿を迎えます。1985年に平山雄先生と「たばこ問題情報センター」を創設。1989年に『禁煙ジャーナル』の発行に踏み切り、その後、紆余曲折を経ながら、28年間にわたって発行を継続してこられましたことは、多くの皆様方の温かいサポートの賜物と、心から御礼申しあげる次第です。1977年5月6日、約20年間のニコチン嬢との腐れ縁(煙)にピリオドを打った年から、今年2017年は、ちょうど40年目という節目の年でもあります。また、コピーライターの中田みどりさんが「嫌煙権」という造語を提唱した年も1977年であり、いろいろと不思議な現象が、私の「断煙」を機に起こった年でもありました。
 時あたかも「受動喫煙防止法」(「健康増進法改正案」)が大きな話題となって、政治の場でも真剣に取り上げられることとなり、都議選で岡本光樹弁護士が、貴重な議席を得ることが出来ましたことは、まさに「天の時・地の利・人の輪」が、タバコ問題の解決に向けて大きなステップ踏み出した歴史的な年でもあります。2020年まで、あと3年。抜本的なタバコ規制対策をめざして、皆様のバックアップをいただきながら、JT、財務省、自民党たばこ賊(族)議員、御用学者・ジャーナリストなどと徹底的にたたかう決意を新たにしております。「誕生日」を目前に、一言御礼と決意の言葉を述べさせていただきました。―
 同日もう一本のメールが届いた。彼がこの春から続けている、地元世田谷区内でのたばこのポイ捨て拾いの報告である。
 ー渡辺文学 禁煙・嫌煙権運動関係者各位  6月23日~7月1日まで、会津に行っていてブランクがありましたが、今朝の「365本」には驚きでした。世田谷区に5月上旬から「対策」を要請してきましたが、全く何の動きもありませんでした。(これが、今までの最高本数です。)ようやく12日に環境政策課の石塚氏から電話があり、南烏山地区の団体と相談したとのことでした。また、区として、道路上に「ポイ捨て禁止」の表示を業者に委託する旨も言っておりました。保坂区長、あまり「タバコ問題」には関心が薄いようなのが残念です。ー
      (写真 文学さんが拾ったタバコ最高記録)

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酷暑の下で座り込む通産省前テントひろば 

酷暑の下で座り込みを続ける通産省前テントひろば 17・7・12
テント日誌7月10日(月)経産省前テントひろば1807日後 
 希望の牧場の吉沢さんの力強い訴えに聞き入った 7月7日(金) 私の腰痛のため色々な方々が手を差しのべてくれて有り難いやら、心苦しいやらの金曜日である。いつものグッズ+クーラーボックスを台車に積み込み今日は3人で事務所を出発。途中、いつもの安芸路で弁当を購入する。経産省正門前に到着して幟旗をセットセットする。忘れてきたテーブルをYさんが事務所迄取りに行ったり、クーラーボックス入れる氷をSさんが購入しに行ったりで座り込み開始がやや遅れたが5人でスタート。夏の日差しが照り付ける。 座り込み開始すると、鳩や雀が樹上から舞い降りてくる。弁当を食べ始めると餌を催促するように近付いてくる。しかし、金曜日のメンバーは誰1人として餌をやらない。物欲しそうな鳩の表情である。丁度お昼時なので目の前を官僚たちが鳩を蹴散らすように通りすぎていく。
 浪江の希望の牧場の吉沢さんが何時ものように、牛のモニュメントを軽トラの後ろに連結してやって来た。吉沢さんが 大音量のスピーカーで演説を始める。「都議選での自民党の大敗北をした。安倍一強と言われていたが潮目が変わったのだ。みんなで安部を倒そう。我が故郷浪江が帰還解除になったが、たった1%の人間しか戻っていていない。 浪江はこのようにして町が崩れていくのだ。これも第1次安倍内閣の時期に福島原発では津波対策の必要性を指摘されていたにもかかわらず、無視を決め込んだ安倍のせいだ。福島原発事故の検証もせずに原発再稼働や原発輸出にひた走る安倍晋三。みんなの力で安部を倒そう。」と力強く訴える。 軽トラの屋根の上に乗って訴える姿を、人々が見上げながら通り過ぎる。霞ヶ関の官庁街に吉沢さんの声が響き渡る。
 今日は、昨日図書館でやった学習会に沢山参加していた関係で、経産省抗議行動は人が少なめであった。腰の痛みに耐えながらも、経産省抗議行動に久し振りに参加出来た。(S・S)大賑わいの霞が関の七夕 7月7日(金)3時過ぎに到着。暑いと言うと暑い、と言わないようにしながら十人ほどが本館前で座り込み中。冷たい飲物を補給しながら、座って経産省に抗議を続ける。4時過ぎにはいつもの文科省前抗議行動が始まるが、あまり大きな声が聞こえない。腰痛回復中のSさんと行ってみると、試験中なのか高校生がいない。それでも、大人たちで差別反対を強く訴えた。経産省前抗議行動が始まる5時には大分人数も増えた。Hさんの進行で、前日の「プルトニウム+大洗}学習会報告、希望の牧場の吉沢さんの熱い訴え、玄海再稼働阻止の為の近況報告、……と続く中で、チラシ配布をして帰路につく人たちに脱原発と安倍政治を許すなと訴えた。

 

極洋「さんま生姜焼き」変敗への調査回答

極洋「さんま生姜焼き」変敗への調査回答 17・7・8
 先月のブログで「缶詰の極洋本社欠陥食品対応に納得」 という記事を書いた。それについて、アルゼンチン滞在中の雪見姐さんから「極洋のサンマ、日本ならでは対応で涙しました。日本は住みやすい国であり、技術的にも素晴らしいと思います。でも政治が誠実ではない。合衆国に右へ習え、言い換えれば占領下にまだいるということですね。私も極洋のサンマ食べてみたい。南米に輸出してるか、聞いてください。」KEIBOさんからは「いい話ですね。極洋でキャットフードもやっていないだろうか。しらべてみます。心のある対応、いい話です。」などのコメントをいただいた。
 その後日談である。極洋本社は6月19日「調べて回答します」と社員が明言して帰社したが、そう簡単に返事は来ないだろうと思って居た。ところが、まだ一週間もたたない6月23日付で以下のような回答が届いた。いままでのソフトバンクなど携帯各社の対応のごまかしに、うんざりしていたが、極洋本社の回答はきわめてきちんとした調査結果に基づくもので感心した。以下にその全文を紹介したい。日本の企業の道義はまだ地に落ちていなかった。雪見姐さんがこの回答を見たらまた涙するであろう。
 
仲井 富 様
平成29年6月23日 東京都港区赤坂3-3-5 株式会社極洋 品質保証部

報 告 書
拝啓 時下益々ご清栄のこととお喜び申し上げます。弊社製品につきましては、常々格別のお引き立てを賜り厚くお礼申し上げます。 さて、この度お買上げいただきました弊社缶詰『さんま生美焼』におきまして、内容物が変敗していたとのご指摘をいただきました。大変ご迷惑、ご不快な思いをおかけしましたことは誠に申し訳なく、深くお詫び申し上げます。原因と対一策につきまして、下記の通りご報告申し上げます。敬具

1,商品名 さんま生美焼 2,規格 EOK5A缶 3,賞味期限 2019年8月1日/XB(製造日2016年8月12日) 4,内容物が変敗していた  5,画像 
6,製造工程
原料さんま受入 → 金属検査 → 解凍 → 頭・尾除去 → 背割 → 内臓除去 → 定寸カット → 金属検査 → 整列 → 陪焼 → 内臓除去 → 肉詰 → 計量 → X線異物検査 → 注液 → 巻締 → 洗缶 → 加熱殺菌 → 冷却 → 洗缶 → 検査 → 箱詰 → 保管 → 出荷
7.原因
 回収させていただきました現品を確認いたしました結果、内容物が変敗しており、異臭も生じておりました。現品を工場へ送付し調査いたしました結果は次の通りです。
(1)現品の缶の巻締部(缶蓋と缶胴の接合部分)を検査いたしました結果、巻締状態に 異常はありませんでした。
(2)製造当日(2016年8月12日)の製造記録類を確認いたしました結果、異常を示す 記録はありませんでした。また、トラブルの発生もありませんでした。
(3)同ロット品におきまして同様のご指摘はいただいておりません。 以上の調査結果から、製造工程中に缶および内容物に異常が発生した可能性は低い ものと思われます。
 原因といたしましては、製品の流通段階において製品に何らかの強い衝撃等が加わ り、スコア(プルトップ蓋に外周に沿って施されている切り込み溝)にわずかな亀裂 が生じ、外気が侵入し、変敗したものと判断いたします。
8. 対策
(1)今回のご指摘内容を工場の従業員に伝え、品質管理意識を高めるよう指導いたします。(2)製造ラインを点検し、製品の滞留、落下の生じる可能性のある個所がないか確認い たします。また万一、作業中に製品が落下した場合、製品化しないルールになっておりますが、再度従業員に周知徹底いたします。(3)作業基準を逸脱しないよう従業員の指導、教育を引き続き徹底して参ります。(4)製品の輸送業務を委託している業者に対して、製品の取扱いには十分注意して強い衝撃等を与えないよう要請いたします。 日頃、製品の品質管理には出来る限りの注意を払って製造しておりましたが、今後は一層の徹底を図り、安心してご利用いただける製品をお届けするよう努力して参る所存でございますので、今後とも弊社製品をご愛顧いただきますようお願い申し上げます。 以上

後藤田 正純議員 素直に敗けを認めよ 17・7・4

後藤田 正純議員 素直に敗けを認めよ 17・7・4
友人のHIRANO氏からのブログ掲載記事から、東京都議選について自民党の後藤田 正純議員(徳島一区選出)の素直に敗けを認めよという発言が載っています。以下に紹介します。
―勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし。 江戸時代の松浦静山の言葉。 民心から離れた自由民主党に対して、都民は見事に反応しました。将棋や囲碁でもあるように、負けました!と認めるべき。自民党議員の後藤田正純の自民批判 
私も都議選の応援には、何日も何ヶ所も行きました。その際、私は必ず最初に安倍政権、自由民主党についての、現在の問題点と反省を包み隠さず述べて、その後には、外交や安全保障、経済や金融などの、安倍政権の成果に理解を求める演説をしてきました。
私自身が、自由民主党執行部はおかしくなってると感じたのは、私の安倍政権の反省についての街頭演説が、安倍批判をしたと、党幹部に伝わり私にクレームがきたこと。 石破さんは私に対して、私の挨拶は当然だと擁護して頂いたが、このような密告、引き締め、礼賛、おかしな管理をしている、今の自民党執行部をみると、結果は仕方ないと思わざるをえません。順風で己を見失い 逆風で己を知る  この言葉をかみしめて、安倍政権が、順風すなわち、せっかく積み上げた多数議席や外交や安全保障、経済成長、地方創生などの政策や成果に酔いしれ、己を見失ったことを反省し、都議選の結果を真摯に受け止め、今一度、己を知ることが大事であります。―
きっこのブログには以下のような指摘があります。
―今回の都議選の結果を見れば分かるように、国政でも受け皿になれる政党さえあれば安倍政権など簡単に倒せるのだ。安倍一強を許しているのは野党側の問題であり、いつまでも野田佳彦などを幹事長の座に居座らせ、共産党との共闘にも後ろ向きな民進党の国民に背を向けた党運営」が最大の原因だ。民進党の議員は、今の執行部除いて全員離党して新党を作ればいいんじゃない?
◆都議選の敗者と勝者 共産党の健闘と女性進出
たしかに敗け比べから言えば、今回の都議選最大の敗者は自民党、現有57議席から23議席へ、戦後最大の敗北です。次いで民進党、かつて09年の民主党政権誕生直前の都議選で45議席で第一党となったが、民主党政権の失敗の余波も受けて013年都議選では25議席に後退。今回は都民ファーストに脱走する議員もいて、最終的には7議席に後退した。それに引き換え共産党は、小池新党、自民党を共に批判する立場だった。埋没の危険もあったが、17議席から19議席へと伸ばした。しかも共産党の当選者のうち女性は13人と圧倒的に女性候補が乱戦の主役となった。前回3議席だった維新は、今回1議席のみ。自民党安倍体制の補完政党として、安倍・菅体制ににゴマを摺っていることが見え見えになった。これで維新は東京ではほぼ消滅した。都内の有権者は、維新の安倍政権よりの与党化を見逃さなかった。都議選の敗者は①安倍・菅自民党②民進党③維新ということができよう。都議選の勝者は①小池都民ファーストだが、寄せ集めの集団が何時まで持つか。②公明党③共産党が勝者と言えるが、その内容は異なる。

都議選 二見元公明党副委員長が共産党応援 

都議選 二見元公明党副委員長が共産党応援 17・6・30 
 都議選投票まであと一日、今回は都民ファーストと自民党の対決の様相だが、最も都政の真実を指摘してきた共産党候補は、は、そのはざまで苦戦しているとも報じられている。その共産党の応援に、元公明党副委員長の二見氏が立った。以下は田中龍作ジャーナルからの転載である。「都議選公明党副委員長が初めて共産党の街宣車に」 2017年6月28日 田中龍作ジャーナルジャーナルは以下のように報じた。
ー6月28日、かつての仏敵と政敵が共闘する。元公明党副委員長の二見伸明氏がきょう初めて、共産党の街宣車に乗った。 東京都議選で文京区(定数2)から立っている候補を応援するためだ。街宣車には仏敵のリーダー志位和夫委員長も乗った。二見氏は古巣の公明党が、自民党の補完勢力と化していることに、かねてから警鐘を鳴らしてきた。野党共闘のイベントで熱弁を振るう姿が目に焼き付いている人は少なくないはずだ。公明党は国会を重ねるごとに自民党と一体化していく。二見氏は居ても立ってもいられなくて、野党共闘候補の応援に駆け付けたのである。
 二見氏は街宣車に上る前、田中に話した。「良識ある公明党員は目を覚ませ」「共謀罪審議の中間報告は(山口)委員長が体を張ってでも止めるべきだった」と。元公明党副委員長はマイクを握り、歩道を埋めた共産党支持者に語りかけた。「公明党は自公連立だから(公明党が立候補していない文京区では)自民党に(票が)行くと思うでしょ? ところがそうとは限りませんよ」 「皆さんのご近所に公明党員がおられると思いますが、伝えて下さい。自民党に(票を)入れるということは自分たちの生活をダメにすることですよ、と」
 続いて二見氏は朝日新聞(22日付け)に掲載された「読者のオピニオン」を読み上げた。意見を寄せたのは元創価学会副会長の碓井昭雄氏だという。 「安倍首相の政治姿勢にどこか下卑た、厚顔無恥の気味があると感じてきた…(中略)公明党は本来、大衆のため、正義のため、平和のために行動する党だったはずだ」 「与党の利益のために理想を放棄し、初心を失うようではならない。安倍首相と一蓮托生で行くのか、大衆の側に戻るのか。公明党よ、どこへ行く?」 二見氏は明日も共産党の街宣車に乗り、野党共闘候補を応援する。中野駅前で午後3時からだ。聴衆を沸かせた元公明党副委員長は、納得の表情で共産党の街宣車から降りてきた。ー

慰安婦問題の視点 木原実さんの自歌自注

慰安婦問題の視点 木原実さんの自歌自注 17・6・25
 戦後72年、またもや韓国との慰安婦問題が再燃している。日本政府は10億円の基金を支払うことで最終的に合意したと強調する。だが慰安婦問題については相変わらず「日本軍や政府が関与した資料はない」と強弁する。ここに問題の根本がある。それが嘘だと分かっているからだ。敗戦時の新聞には参謀本部や軍令部では重要書類の焼却が連日行われた。毎日書類を焼く煙が立ち込めたと当時の新聞は書いている。当然だろう。慰安婦の強制連行等の資料を残せば国際戦犯法廷で戦争犯罪として追究されるからだ。焼いてしまって「ないことにした」が被害者は「あった」と証言するのは当然だ。かつて社会党本部でともに仕事をした木原実さんは千葉県から代議士となり、脳卒中で倒れてなお92歳まで歌を作り続けた。木原さんの死後見つけた一文に以下のような慰安婦に関する二首の歌と一文が残っていた。

・ やわらかいものにしがみつきしがみついては白夜のあがき
・ 女には名前がない 席の床に毛布が一枚ほしいといった

慰安婦という見なれない文字が、大きな活字で新聞紙上にあらわれたとき、私は目を疑った。韓国の元日本軍の慰安婦にされた女性が、日本政府の謝罪と賠償をもとめたという記事だが、私は瞬時にして、忘れることもなく忘れていたことを思い出していた。戦争のもう一つの側面を、罪の意識もないまま都合よく私は忘れていたのだ。それがいま白日のもとにあばかれる。私は告発されているのだ。
 戦争が侵略であるならもう一つの側面とは性の侵略を伴うということだ。 戦後それは知識としてもおなはしとしてもさまざまに広がったが、それはそれだけで何らの価値判断をみちびき出すものではなかった。むしろそういう話にまぎれこんで、自分たちの行為を一般化し、罪なきものとしての過去の、ただ忘れ去っていく手段にもなったような気がする。
 私は慰安婦のことが戦争にともなう性の侵略の問題追求がはじまると、日本中の男性、すくなくとも戦争にかり出された男たちは、顔をあげて外を歩くことができないだろうと思った。当事者たちには、誇大なまでに公然の、そして多くは殊勝な秘めごとのように、語られることの少なかったことへの挑戦である。大事なことは、問われているのは国家の罪と責任であるが、行為そのものは個人が深くかかわっている。いわば加害者としての個人の問題がさけられなくあるということだ。
 旧満州の水辺に虎林という町があった。私の所属する部隊はそこを拠点に展開していた。その大きな営門から1キロほどのところに、板囲いの兵舎まがいの小屋が立っていた。兵隊はそこをピー屋と言った。そこにいる女のことをピーと呼んでいた。入営してはじめて外出が許されたとき、外出の注意と一個ずつのサックをもらった。当日は例の小屋には、入口ごとに行列ができるような盛況であった。小さな部屋にはワラ布団のベッドとその上に若い女が坐っていた。言葉使いで朝鮮の人であることが分かった。
 慰安婦について日本政府は謝罪を拒み、民間の金を集めて対応している。謝罪の機会は失われ、あいまいな金の運営で事態を処理しているようにみえる。加害者である個人もいら立ちが残り、やがて忘却に沈んでいく。それでよいのであろうかとの、思いは切である。
(「掌」68号(2001・7発行)木原実「自歌自註」より転載)

      (写真 ねむの花 北の丸公園)

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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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