電車内の化粧へ家でやれとの反撃 

電車内の化粧へ家でやれとの反撃 017・9・17
 電車内でのマナーの乱れについて、先週「スマートホン・ゾンビ」なる見解があることを紹介したが、最近の新聞記事で、最近特に目立つ電車内での化粧についても痛烈な批判があることを知った。苦々しく思っているのは徘徊老人だけではないのだ。今や80代半ばの徘徊老人には人と争う気力、体力がない。70代の半ばまでは、電車内で延々と化粧している女性に向かって「ここは化粧室ではない」と怒鳴りつけたりしていた。またホテルのレストランで駆けっこをしている孫をたしなめもしないでニコニコしている祖父母に「ここは運動場ではない」と怒鳴りつけ露骨に嫌な顔をされたこともある。もうな70代後半以降は、知らぬ顔をしているだけだ。
 ところが最近の新聞によると、なかなか勇気のある御仁がいて、化粧している女性に痛烈な批判をしていることを知った。毎日新聞「松尾貴史のちょっと違和感」に面白い話を発見した。松尾氏は電車内で強烈な香水の匂いを発散させる女性がきらいらしい。「隣に私の嫌いな香水をつけた女性が座った。もしすし屋で隣に座られたら席を移してもらうか、さもなければ店を出る」とのべ、。ソシャール・ネットワーク・サービスで読んだ話を紹介している。この話が面白い。電車内で化粧していた美人女性がいた。近くにいた二枚目の男性がいて、彼が途中の駅で降りる際に、紙片を女性に手渡した。いわゆる「車内ナンパ」でメールアドレスでも伝えたのか。彼女は爽やかな彼の後姿を目で追い、持たされた紙に目を落として一瞬固まったそうだ。すかさず横から盗み見したら、「家でやれ」と書いてあったとか。
 もう一つは先日、大阪にある料理店の店主から教えてもらった話。彼が地下鉄に乗っていると、空いている隣の座席に70代と思われる清潔そうな紳士が「失礼します」と座った。新聞を取り出して、熟練された手つきで新聞紙を最小限の空間の中でご自身の肩幅以下に畳み、読み始めた。ふと前を見ると、向かいの席に座った女性がせっせと化粧している。読んでいた新聞を膝のあたりに下げた隣の紳士が、向かいの女性を見据えて、これまた最小限の声で、しかし相手にしっかり聞こえる声で、「パンツは家ではいて来い」と注意した。険悪な空気が流れるかと思えば、向かいの女性は「すみません・・・」と小さな声で言って、すぐに化粧道具をしまったそうだ。この二つのエピソードを紹介したうえで松尾氏は「なぜトイレのことを化粧室というのか、考えてほしいものだ」と結んでいる。(毎日新聞9・10)
 道徳教科書に安倍総理の顔まで載せた教科書が出回っているそうだ。学校で子供に道徳教育をなどと声高に叫ぶ前に、日常生活の中で最低限のマナーさえ、忘れ去っている現状を具体的に上げて、現代の大人老人などが、いかに孫や子の家庭内教育を怠っているかを問題にすべきだ。優先席に孫を座らせて婆さんは立たっているなどという滑稽な風景こそ問題だ。孫に「ここは、体の悪い人とか、老人とか、赤ちゃんを抱く母親が座る席だ」と教えるという、最低限のマナーを知らない、老人や親たちにこそ「大人の道徳教育」をすべきではないか。

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わが師わが友①南国市にある田尻宗昭さんの墓

わが師わが友①南国市にある田尻宗昭さんの墓
 四国遍路の旅は亡くなった先輩、友人の思い出と共に歩く旅でもある。七〇年代の反公害運動の旗手、田尻宗昭さんの墓が高知県南国市にあることを知る人は少ない。一九九〇年7月4日、転移性肝臓がんで、惜しまれながら六十二歳の生涯を閉じた。田尻さんは九州宮崎生まれ、高等商船学校を出て海上保安部一筋に生きた。四日市海上保安部時代、石油コンビナートの公害を告発したことで一躍、「公害の田尻」として全国に名をとどろかせた。田尻さんの墓所が遍路道に近い高知県南国市にあることを教えてくれたのは、田尻さんと浅からぬ縁のあったY女史である。最初の墓参は十年前、徳島県木頭村の細川内ダム問題で高知空港に降りたときだった。二度目は遍路を始めた最初の年の二〇〇一年十月、小高い丘の上に造られた第二南国公園墓地に田尻さんの墓を訪ねた。晴れ渡った南国土佐の秋空の下で、水をあげ、花を供えた。「海の男は海をみたいだろうに」と呟くと、なぜか感傷的な涙が溢れて止まらなくなった。なんだこの涙はと自分自身におどろきながら泣いていた。
 田尻さんを藤沢の病院に見舞いにいった日の出来事を思い出した。「もう永くないらしいからいまのうちに見舞いに行こう」とエネルギージャーナルの清水文雄、禁煙運動の渡辺文学さんらと連れ立って病室に入った。さぞかしやつれているだろうとの想像を覆して、田尻さんはベッドの上に居ずまいを正して端然と座っていた。そして次の言葉に驚かされた。「諸君、今日は君たちに暴露することがある」というのだった。唖然とするわれわれに田尻さんは続けて「じつは僕は大腸がんが肝臓に転移して、いまこれとたたかっている最中だ」と自らのがんを告白した。意気昂然としてとても命旦夕に迫った人とは思えなかった。あまり長居してもと早々に辞去したが、田尻さんは一人一人と握手を交わした。私も最後に握手した。おどろくほど頑丈な掌で、痛いと思うほど堅く握った。それはまぎれもなく「海の男」の手だった。いまでもあの強烈な握手の感触は忘れられない。
●海の男のダンディズム
 後に聞いたY女史の話では「肝臓にがんが転移したことは本人には隠し通していたはず、トミさんたちにそんな話をしていたなんて夢にも知らなかった」という。田尻さんを見舞った翌日の夕刻、私は市民運動センターの須田春海氏と会っていた。「いやなかなか元気そうで、握手にもすごい力があった」と話している最中、須田氏に電話が入った。「仲井さん、田尻さんが先ほど亡くなったそうです」。やられた、と私は思った。死の前日、端然と居ずまいを正してわれわれを迎え入れ、がんを堂々と告白し、そして最後の握手にも渾身の力を込めた。まさに海の男のダンディズムを見せつけて逝ったのだ。港々の酒場で修行したカラオケは玄人はだしで哀愁のある歌い手だった。ダンス教師の資格を持ち、踊る姿は颯爽としてダンスホールの女性のみならず男性をも魅了した。海の男田尻宗昭の最後の握手を思い出して「海が見たかろうに」と涙したのだった。
 海見えぬ男の墓に秋の風 漫歩


雪見姐さんのアルゼンチン 

雪見姐さんのアルゼンチン 治安悪化とスリ横行 17・7・29
 徘徊のブログにしばしばコメントを寄せて下さる、雪見姐さんはJICA日系社会シニア・ボランティア(出版・就職情報会社からの現職参加)として、アルゼンチンで日本舞踊指導を07年9月までしていた。今年の春、017年JICA短期シニアボランティアとして再びアルゼンチンへ渡り活動している。以下は雪見姐さんブログ「雪見姐さんの思い出ブエノスと日本」からの「アルゼンチンに治安悪化。まったく気が抜けない。スリは「スリ大学(?)卒」のプロだから(2017/07/23 00:08)を紹介します。
 -テロはないけど、アルゼンチン特にブエノスアイレスの治安はどんどん悪くなっていく気がします。インフレが進み、物価が高騰し、貧乏な人はどんどん生活苦になっていきスリや置き引き、強盗が横行する。数日前には公用旅券(JICAボランティアは一般旅券ではなく、公用旅券)を盗まれた隊員が出て、事務所から全ボランティアに注意勧告が出てしまいました。
 「子どもを連れてきたので油断してドアを開けたら、さっと数人がなだれ込んできてお客さんと従業員の財布、店の売り上げを全部盗られた」「臨月に近いお腹をしていた客が、突然痛いと言い出し『夫が近くで待っているから呼んでいいか』と聞かれ、もちろんと言って、入ってきた夫は強盗。彼女のお腹のふくらみは偽物だった」と、お店をやっている友人の話。だから、小さな店やレストランは入口にカギをかけているところも少なくありません。歩行者が歩道と車道のギリギリを歩きながら携帯電話を使っていると、バイクがフルスピードで寄ってきて取り上げる。これは日常的。
 以前、友人の家に行こうと初めての道をキョロキョロしたり、携帯で友人に道を聞いていた。すると、女子高校生数人が「ワァー、チャーミング。あなたは日本人? 中国人? 写真一緒に撮ってくださーい」と寄ってきた。姐さんがチャーミングであるわけがない(笑)、怪しいと直感し「私、スペイン語話せないの、なに?」と言いながら、その場を離れた。今思えば、彼女たちは姐さんが携帯電話をしまった場所(コートのファスナー付きポケット)を知っただろうから、一緒に写真を撮る女子、携帯を盗む女子の役割が決まっての行動だった思う。あぁー、クワバラ、クワバラ。
 仲良し同期も、数日前に地下鉄でスリにやられた。海外生活も長く、JICAボランティアも一度や二度ではないベテランさん。冷静沈着な彼女がなぜ? というほどプロの技は巧です。ひとりではなく、子どもも使って数人で、あたかも自然に「獲物(苦笑)」をとり囲んでくるから怖い。ひとりがニッコリして「獲物」の気をひき、ひとりがその間にバッグのファスナーを開け、財布などを盗む。盗んだ金や品はすぐにほかの仲間に渡す。個人主義的人種といわれるアルゼンチン人も悪さをするときはサッカープレイヤー並みのチームプレイ(苦笑)。事を起こす前に、バッグのどこに財布やiphone、ipad などの小型高級通信機器をしまったか見ていて、忍び寄ってくるので油断も隙もないです。―

冷房病に苦しんだ7月の徘徊老人 

冷房病に苦しんだ7月の徘徊老人 17・7・26
 昔から夏には弱かった。若い頃は暑さに負けて夏痩せした。もともと胃腸が悪く、食欲がなくなると痩せてくる。163センチの身長で約53キロくらいしかなかった。夏には腹巻をしないとズボンがずり落ちるくらい痩せていた。中年の頃から体重が増えだした。50代の中頃、夏でも体重60キロ半ばに達した。原因は暑い夏の夜に、当時売り出し中の愛媛の「ポンジュース」を夜中に水代わりに飲んだことが原因だった。まさかジュースで体重が増えるなど思っても見なかったが、甘いジュースは怖いと思った。
 体重が増えるとジーンズなどズボンが穿きにくくなる。あわてて体重を60キロ以下にするように努めたが、なかなか減量というのも難しい。すると、この頃から年齢のせいもあったが、さまざまな病気にかかりだした。最初は心臓がなんとなく苦しくなった。動悸がしたり夜中に寝苦しくなる。厚生年金病院へ行って診察を受けた。医師に階段を上がると動悸がすると訴えたが、年を取ると誰でもそうですよと相手にしない。九段クリニックで一年に一回は健康診断を受けていたが、当時は「お腹の脂肪を増えているから薬を出しましょう」と医師に言われた。そういう時は「半年間運動をしてみますから」と断った。半年ばかり朝の散歩など歩く努力をするとたいてい数値が下がっていた。
 60代の後半から、あちこちにガタがきた。ひとつは胃腸の異常である。目黒の胃腸内科に数年通った。いつもあの苦しい内視鏡検査でポリープが見つかった。それを少し切りとって検査すると「癌ではない」と分かってホットするのだが、この検査というのもうんざり。やがて60代の後半、本格的に心臓の具合がおかしくなった。狭心症と診断され薬を飲むようになった。その頃は大腸ポリープが出来てトイレが真っ赤になるほど出血、外科病院で切りとった。60代から70代前半は、血圧降下剤、狭心症の薬、前立せん肥大症の薬、胃腸の薬、便秘の薬など、常に数種類の薬を飲む老人になってしまった。
◆冷房病恐るべし ちょっとの油断で三週間
それが四国歩き遍路や毎朝のラジオ体操参加などで血圧を下げることに成功した。2011年の東北大震災の頃から、友人に勧められてキャベツと玄米の雑炊という簡素な食事に切り替えてから、次々に薬が要らなくなった。ここ数年はまったく薬を飲まない生活だ。玄米菜食と一日一万歩を歩くことで、すべての症状が消えた。ところが今回の冷房病である。友人に誘われて、冷房のキツイ喫茶店で一時間ばかり食事とお喋りをしたことが原因だ。喉が痛くなり、ついには声が出なくなった。久しぶりに内科医に行って薬を貰った。熱はなかったが、この喉の不調が治まるまで三週間あまりを要した。
毎日、寝る時には小型の扇風機と窓を開けて風を入れる程度で、30度を越す室温の中で寝る。ベッドにはもう10年以上続けているベニヤ版を敷く。その上に薄べりを敷いて熱がこもるのを防ぐ。これは西式健康法で取り入れていることで効果大である。そして基本となる食生活は、キャベツと玄米の雑炊を一日二食。睡眠を夜は最低でも5・6時間、昼寝も一時間以上を取る。汗まみれでのたうち廻って寝ても眠れる。無料のサウナに毎晩入っているようなものだ。「簡素な食生活」こそが基本だと思う徘徊老人である。

極洋「さんま生姜焼き」変敗への調査回答

極洋「さんま生姜焼き」変敗への調査回答 17・7・8
 先月のブログで「缶詰の極洋本社欠陥食品対応に納得」 という記事を書いた。それについて、アルゼンチン滞在中の雪見姐さんから「極洋のサンマ、日本ならでは対応で涙しました。日本は住みやすい国であり、技術的にも素晴らしいと思います。でも政治が誠実ではない。合衆国に右へ習え、言い換えれば占領下にまだいるということですね。私も極洋のサンマ食べてみたい。南米に輸出してるか、聞いてください。」KEIBOさんからは「いい話ですね。極洋でキャットフードもやっていないだろうか。しらべてみます。心のある対応、いい話です。」などのコメントをいただいた。
 その後日談である。極洋本社は6月19日「調べて回答します」と社員が明言して帰社したが、そう簡単に返事は来ないだろうと思って居た。ところが、まだ一週間もたたない6月23日付で以下のような回答が届いた。いままでのソフトバンクなど携帯各社の対応のごまかしに、うんざりしていたが、極洋本社の回答はきわめてきちんとした調査結果に基づくもので感心した。以下にその全文を紹介したい。日本の企業の道義はまだ地に落ちていなかった。雪見姐さんがこの回答を見たらまた涙するであろう。
 
仲井 富 様
平成29年6月23日 東京都港区赤坂3-3-5 株式会社極洋 品質保証部

報 告 書
拝啓 時下益々ご清栄のこととお喜び申し上げます。弊社製品につきましては、常々格別のお引き立てを賜り厚くお礼申し上げます。 さて、この度お買上げいただきました弊社缶詰『さんま生美焼』におきまして、内容物が変敗していたとのご指摘をいただきました。大変ご迷惑、ご不快な思いをおかけしましたことは誠に申し訳なく、深くお詫び申し上げます。原因と対一策につきまして、下記の通りご報告申し上げます。敬具

1,商品名 さんま生美焼 2,規格 EOK5A缶 3,賞味期限 2019年8月1日/XB(製造日2016年8月12日) 4,内容物が変敗していた  5,画像 
6,製造工程
原料さんま受入 → 金属検査 → 解凍 → 頭・尾除去 → 背割 → 内臓除去 → 定寸カット → 金属検査 → 整列 → 陪焼 → 内臓除去 → 肉詰 → 計量 → X線異物検査 → 注液 → 巻締 → 洗缶 → 加熱殺菌 → 冷却 → 洗缶 → 検査 → 箱詰 → 保管 → 出荷
7.原因
 回収させていただきました現品を確認いたしました結果、内容物が変敗しており、異臭も生じておりました。現品を工場へ送付し調査いたしました結果は次の通りです。
(1)現品の缶の巻締部(缶蓋と缶胴の接合部分)を検査いたしました結果、巻締状態に 異常はありませんでした。
(2)製造当日(2016年8月12日)の製造記録類を確認いたしました結果、異常を示す 記録はありませんでした。また、トラブルの発生もありませんでした。
(3)同ロット品におきまして同様のご指摘はいただいておりません。 以上の調査結果から、製造工程中に缶および内容物に異常が発生した可能性は低い ものと思われます。
 原因といたしましては、製品の流通段階において製品に何らかの強い衝撃等が加わ り、スコア(プルトップ蓋に外周に沿って施されている切り込み溝)にわずかな亀裂 が生じ、外気が侵入し、変敗したものと判断いたします。
8. 対策
(1)今回のご指摘内容を工場の従業員に伝え、品質管理意識を高めるよう指導いたします。(2)製造ラインを点検し、製品の滞留、落下の生じる可能性のある個所がないか確認い たします。また万一、作業中に製品が落下した場合、製品化しないルールになっておりますが、再度従業員に周知徹底いたします。(3)作業基準を逸脱しないよう従業員の指導、教育を引き続き徹底して参ります。(4)製品の輸送業務を委託している業者に対して、製品の取扱いには十分注意して強い衝撃等を与えないよう要請いたします。 日頃、製品の品質管理には出来る限りの注意を払って製造しておりましたが、今後は一層の徹底を図り、安心してご利用いただける製品をお届けするよう努力して参る所存でございますので、今後とも弊社製品をご愛顧いただきますようお願い申し上げます。 以上
ようこそ!「老人はゆく」へ
「老人はゆく」へようこそ

徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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