転倒にもめげず歩行の92歳翁の生き方

転倒にもめげず歩行の92歳翁の生き方 18・5・4
 齢八十半ばともなれば足腰いよいよ衰える。これは必然であり防ぎようがない。しかし今なお90歳を過ぎても歩いてラジオ体操に来たり、電車に一人乗ったりしている先輩を見ていると嬉しくなる。4月30日に満92歳となられた松崎清記翁もその一人だ。何しろ私の知るかぎり、公園の90代は最高齢の松崎翁をともう一人、91歳の池田会長先生のみである。松崎翁を見ているといろいろ勉強になる。まず第一にはその旺盛な食欲である。私と同年齢の君子夫人に言わせると、腹が減ったと言っては近所のレストランで一人食べてくる。1日4食は食べているそうだ。2番目によく転倒される。先日も一緒に神保町方面にあるいているとちょっと坂道の舗道で前のめりに転んだ。あっと驚いたが、通りかかった屈強の若者がすぐに引き起こしてくれた。見ると唇に血が滲んでいる。
 松崎翁はそれでも平気で、ひょこひょこと歩いて帰られた。よほど骨格がしっかりしているのだろう。たびたび転倒されるそうだが、大けがにならないのが不思議だ。3つめにそういう転倒を含めて昨日のことはあまり覚えていない、したがってくよくよ悩むこともないというのだ。自分の名前と、生年月日ははっきりしている。大正15年4月30日、栃木県那須町の生まれだ。そして子供の頃、皇太子―現在の平成天皇が那須御用邸に来られる日は、近辺の学校の生徒たちがお迎えに整列したことは記憶されている。しかし日常茶飯事のことは忘れてもまったく気にしない。「昔は芥川龍之介を読んだりしていろいろ悩んだが、いまはまったく本も読まないし悩みもない」と仰る。自分は死ぬなどといういことを考えないそうだ。日々忘れ去るということも長生きの秘訣かも知れない。
 今日の電車内で偶然乗り合わせた老人に同じような方がいた。半蔵門線の表参道で乗り込んできた老人がバッタリ前のめりに倒れた。他の乗客が引き起こしたので、私の席のそばにすわってもらった。きちんとした服装の老紳士だったが年齢を聴いて驚いた。92歳という。松崎翁と同年だった。そして「今日は独りで国立新美術館に行き、印象派最強の美少女展を見に行った帰りだ」と聞いて2度びっくり。
 電車が一時停車していたので、ところで元気の秘訣なんですかと聞いてみた。老紳士曰く、第1に食事は1日3回きちんと食べる。第2に睡眠、6時間半必ず眠る。第3に歩く、1日に3000歩から4000歩は必ず歩く。老紳士も転倒して80代半ばに足の骨を折って入院した。3年前には階段から落ちて腰の骨を折る重傷だったが、治ったそうだ。「再来年のオリンピックまでは生きるよ」と仰った。日々めげず、くじけず歩き続けられる日のあることを最大の幸せと考えることにしよう。
 杖曳いてくの字に上がる九段坂 蜘蛛の囲のキラリと光る清水門 漫歩 

  (写真 92歳の松崎清記翁)
 
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花よりも花見る人の面白く 北の丸満開 

花よりも花見る人の面白く 北の丸満開 18・3・29
 例年より早い桜満開である。九段坂界隈は朝からカメラを持った老若男女で賑わっている。かつて、北海道網走郡にすむ郵便友達歴40数年の御隠居と「あと何年花を見るや」と皇居東御苑で話し合った。それから10余年を経たが87歳になる御隠居も85歳の徘徊老人もなんとなく生き延びた。今や先輩旧友多くはあの世に逝き、残る友人たちもあちこちの病で気息奄々たる有様だ。幸いわれらはなんとか一人住まいで生き延びている。
 もはや、人ごみをかき分けて花見に歩く気力も体力もない。やっと朝のラジオ体操に九段坂を上って行くのが精いっぱいだ。それに花よりも花見る人を観察する方が面白い。特に九段坂では、重いいカメラを構えて老人、壮年、外国人などが満開の桜を撮っている。確かに九段坂から池に向けて垂れ下がっている満開の桜は美しい。しかし徘徊は、それよりも、花を撮っている人々の真剣な表情の方が面白い。よくも毎年毎年飽きもせず花を撮り続けられるものだと感嘆する。花を撮って居る人たちの表情や物腰などが、なぜか面白い。「花よりも花撮るひとの面白き」というところだ。
◆虫の写真を撮る刀剣研磨士の藤代興里さん
 昨日の朝、体操を終えて清水門の方に一人で歩いて帰った。清水門の入口の石垣の所で小さな花を撮って居る人に出会った。「なにを撮っているんですか」と訊いた。「草の王という花だ」と教わった。主として公園の虫を観察し写真を撮っているそうだ。名を聞けば刀剣研磨を職としてる藤代興里さん。刀剣の撮影も独自の手法で続けていますということだった。 仕事以外では、中学二年から天体観望もやっている。この方も面白そうだ。後日、虫と刀剣研磨のお話を聞かせてもらうことにした。
 公園では、久しぶりにラジオ体操の場で最年長92歳の池田会長にお会いした。昨年まで耳鼻咽喉科の医院をやっておられた。先生には一度診ていただいたが「ともかく空気が乾燥している冬場などでは、枕元に濡れ手拭い一枚を掛けて寝なさい」と教えられた。それを昨年来実行しているが、お蔭で風邪を引かなくなった。無駄な電気を使って加湿器など使うことはない。池田会長は、仕事をしなくなったせいかお腹がかなり膨らんでいる。毎晩酒を3合飲んで食事をしてい肥ってしまった、そうである。
 85歳にして足腰の衰え、視力、聴力の衰え、根気がなくなるということを痛感する。もはや無理はできない。しかし生活の必要上も含めて、朝の体操、朝の豆腐や野菜の買い出しに行く。あるいはお茶の水駅近く明治大学図書館まで新聞や資料を見に行く。そういうことで一日一万歩以上は歩く。まことに頼りないヨチヨチ歩きのようなものだが、歩いて生活できる間は生きてゐるという実感がある。歩き遍路をしていた10余年前、友人が11世紀、北宋を代表する詩人として有名な蘇武の「玲瓏山に登る」と言う漢詩を贈ってくれた。そのなかに「脚力衰えて山更に好し」という一節がある。たとえ老いても山には無限の愉しみがあるという。その言葉を噛みしめつつ、ゆっくり歩きを楽しむのだ。今朝の一句。
 杖上げて朝の挨拶老いの春 骨還らざる叔父ひとり花万朶 虫を撮る人に教わる草の王

  (草の王 田安門入口の石垣に咲く)

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朝のラジオ体操と腹筋運動

朝のラジオ体操と腹筋運動 1・⒓・15
 今年の冬は寒いこともあって、このところ朝のラジオ体操を休みがちである。ひとつの理由は、11月の健康診断で、24時間心電図で調べたところ、10余年ぶりに狭心症の症状が現れた。そこで念のためにニトログリセリンを携帯するように医師から言われた。いわゆる発作が起きると使用する舌下錠だ。気のせいか、寒い夜中に心臓の脈が速くなって眠れなくなることがある。睡眠不足が一番悪いので朝寝坊する。体操よりも睡眠時間を取るということだ。ラジオ体操の先輩たちは、いつも四阿で準備体操として、腹筋運動を軽々とこなしている。徘徊も何度か挑戦したがどうにもならない。諦めの心境だった。
ところが最近のニュースで、腹筋運動は腰のためならないという学説が現れた。腹筋を鍛える運動としてよく知られる「上体起こし」。一般的に「腹筋運動」と呼ばれるこの動作を何度も繰り返すことが、腰痛の原因になるとして、やめさせる動きが、バスケットボール界などで広がってきているというのだ。日本バスケットボール協会は昨年から、指導者養成の場で上体起こしを「推奨できないトレーニング方法」として周知を進めている。全国を9地域に分けて選抜した小学生や指導者を集めた研修会や、年代別の日本代表の強化などで、専門のコーチが伝えている。
 協会が参考にしたのが、カナダ・ウォータールー大のスチュアート・マックギル名誉教授の研究だ。ひざを曲げた状態か、伸ばした状態かに関わらず、上体起こしで脊椎(せきつい)が圧迫される力は、米国立労働安全衛生研究所が定めた腰痛につながる基準値と同等だとする研究結果を発表した。何度も繰り返すことで、背骨の間の椎間板(ついかんばん)を痛めるという。一流選手に腰痛対策を指導してきた経験からも、「背骨の形状などによって個人差はあるが、力がかかった状態で腰を曲げ伸ばしするとヘルニアなどの障害が起きる。できるだけ背骨を摩耗しない方法で腹筋を鍛える方が腰痛のリスクは少ない」というのだ。
 ということは無理をしない。自分に合ったやり方で運動をする以外にないということになる。そういうことで、最近の寒い朝は、まず睡眠を優先して、しかる後、朝のコーヒー位を友人たちとつきあって、あとは豆腐屋に豆腐を買いに行って往復する。午後は飯田橋の安いスーパーも買い物に行くとか、お茶の水の明治大学図書館に地方紙を見に行くとかで約一万歩前後をゆっくり歩くことにしている。寒い間は無理をしないで平地をゆっくり歩こうと思う。

万緑の季節と変わる公園

万緑の季節と変わる公園 17・6・3
 夏空が広がる。まだ梅雨には遠い北の丸公園は万緑の季節。夏が好きな徘徊老人は、みんな暑いというが、一番好きな季節だ。北の丸公園へ今朝も歩いて九段坂を上る。愕然とすることが起こった。昨日まで咲いていた牛が淵に面する九段坂から田安門への曲がり角に咲いていた立葵の花がなくなっていた。昨日までは曲がり角に白い立葵の花が二本咲いていた。そして、少し先の方に紅い立葵が一本咲いていた。この辺りは雑草を刈り取ってスッキリしたが、立葵だけは残してくれたのだ。ところが、その3本の立葵が消えていた。なぜだろう。環境庁に抗議しようと思ったが土曜日なのでやめた。四年前、九段坂を上がってラジオ体操に参加し出してからずっと見続けて楽しみだったのに・・・。
 青空が広がる公園は楽しい。朝早く30分くらい前に公園のひろばを歩いて、池に架かる橋の真鍮の手摺りにつかまって体操をする。これは、101歳まで現役のスキーヤーとして活躍した三浦敬三翁の生き方、食生活に学ぶ中で教えられた、朝の体操のやり方である。手足の屈伸、真鍮の橋に足を持ち上げて伸ばすのを、それぞれ50回。そして敬三翁直伝の、首を上下に伸ばすのを20回、左右に向くのを20回、さらに首回しを20回続ける。左肩は50代のころ、冬のゴルフで無理な空振りをして壊してしまった。肩が骨折したのを気づかなかっために変形してしまった。時々枕が合わないと激痛が起きる。これを防ぐためにも欠かせない首体操なのだ。それから林に入って、いつもぶら下がる木の枝につかまって数十回ぶら下がる。快い緑の風の中で、6時半からのラジオ体操が始まる。
◆参加者の老化と参加者数の激減 新しい参加者たち
 だが、体操参加者の顔触れも大きく変化した。昨年のこの頃は、朝の体操にはおよそ70名くらいは参加していた。しかし最近では、前年の半数位に減ってしまった。とくに長年体操参加者を見ている大野達磨さんに言わせると、神楽坂から来ていた10名くらいが亡くなったり病気になったりして激減したそうだ。私の知り合いでも、北の丸公園に誘ってくれた南光冶さんが亡くなった。78歳の若さで三月に突然死した。あの夜は彼も参加して、友人の文学さんの禁煙ジャーナルの事務所で句会をやる日だった。その後徘徊も体調を崩して不整脈が出てきた。最高血圧が190で最低血圧が90代という日もしばしばあった。みんな年を取ってきて大きく変化する時期に来たのだ。
 徘徊らが体操する場所には、新しい参加者が増えてきた。顔も名前も知らないが若夫婦の子供連れや犬連れの人達が新しく体操に参加し始めた。いつまで続くかわからないが、新しい参加者の増えたのは嬉しいことだ。その中に仔犬とヨチヨチ歩きの子供を連れた夫婦が参加し始めた。その子どもが仔犬に引っ張られて遊んでいる姿が実に面白い。それを骨董屋の山ちゃんが写真に撮った。それが以下の写真である。そして公園の端っこの橋の崎では、カイツブリの雛が今年は4羽生まれたと、写真家の福山さんから、たくさんの写真を送って頂いた。変るものと変わらぬ万緑の公園を歩みながら、今朝も、4月30日に91歳となられた松崎翁と間もなく卒寿を迎える池田先生の元気な姿が見えるのが、一番うれしいことだ。
 万緑や仔犬に引かれ子の笑ふ 漫歩

      (写真 仔犬に引かれる幼子)

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ラジオ体操仲間全盲の近藤さんの俳句

ラジオ体操仲間全盲の近藤さんの俳句 17・3;27
 毎朝、ラジオ体操に白い杖をついてやって来るのは全盲の近藤さんである。徘徊と同じマンションの9階に奥さんと二人すんでいらっしゃる。知り合ったのは徘徊がラジオ体操に参加するより以前の、2010年5月半ばだった。あれからまる7年近い歳月が流れた。つい最近、近藤さんから「俳句を作ってみた」という話を聞いた。そこでぜひ見せて欲しいと頼んだ。すると以下のような、ひらかなで書いた俳句を見せてくださった。()内は徘徊が勝手に漢字を入れた俳句にしたが、なんといっても近藤さん自らが書いたひらかなの方が実感があって好ましい。
 かぜにのり さくらにおうや たやすもん
 (風に乗りさくら匂ふや田安門)
 つえついて らじおたいそう げんきでる
 (杖ついてラジオ体操元気出る)
 へんろみち たびびととおる こゑがして
 (へんろみち旅人通る声がして)
 どこでなく うぐひすのこゑ みみしみる
 (何処で鳴くうぐひすの声耳沁みる)
 わがみちに うぐひすのこゑ しょうがくせい
 (が道にうぐひすの声小学生)
 あさはやく にしにむかうは おへんろか
 (朝はやく西に向かうはお遍路か)

 近藤さんに盲目になったときの話を7年前に聞いた。近藤さんが緑内障を患ったのは63歳のときだった。医者からまもなく失明する可能性があると聞かされて、紙問屋の会社を人にゆずった。そして真っ先にヒマラヤ登山に出掛けた。ポーター10人を雇い、ヒマラヤの5500メートル地点まで歩いて登った。「テントは三つで、私と登山隊のリーダーが寝るテント、ポーターたちのテント、そしてトイレ用のテントだった。高山病にかかったりして大変だったが、いちばんやりたことだったから満足した」。その後近藤さんは四国歩き遍路にも挑戦した。あるとき、「春がきたといふことをなんで気づきますか」と問うた。「風が教えてくれます。うぐいすの声でも春がきたと知ります」と言った。うぐいすにも鳴き方の変化があるといふ。はじめは「ホウ」から「ホウ、ホウ」になり、段々声がのびてきて、一週間くらいで「ホウ、ホウ、ホウケキョ」と鳴くようにになる。以来7年間、これからは近藤さんと俳句を楽しもうと思う。
  春立つを風に聴くとや盲人  漫歩
      (写真 近藤さんの平かなの俳句 クリックして拡大)

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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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