日本たばこ産業のロゴ付きのコラム掲載へ抗議

日本たばこ産業のロゴ付きのコラムへの抗議 18・7・11
 わが畏友渡辺文学氏は、日ごろ穏健なる人物でなかなか怒らない。温和な人物である。その文学さんが最近怒っているのは、長年愛読している毎日新聞に対してである。これについて、文学さんの怒りに同調する人物が、これまた元毎日新聞の社会部記者の川名英之さんである。川名さんが毎日新聞の会長朝比奈豊に送った抗議文が文学さんから送られてきた。川名さんもまた長年の付き合いのある温和な人物である。以下に文学さんや川名さんの抗議の趣旨を掲載する。
 毎日新聞社会長  朝比奈 豊様  2018年7月9日 川名英之
 お忙しい日々を過ごしのことと拝察いたします。1つ、お知らせしたいことが起こり、お手紙を送らせていただきました。実は、40年以上前の盟友、渡辺文学氏から7月2日の毎日新聞に「充実のいととき」という日本たばこ産業のロゴ付きのコラムが掲載されたという手紙をもらいました。渡辺氏は40年前に「たばこの煙は公害」という観点から嫌煙権を提唱、喫煙や受動喫煙による健康被害をなくすことを目標にして献身的に運動を続けてきた人です。渡辺氏のご尊父、渡辺三樹男氏は毎日新聞モスクワ特派員、論説委員を経験された方です。
 この渡辺氏が今、毎日新聞に日本たばこ産業のPRとも言うべきロゴ付きのコラムが掲載されたことを怒り、抗議行動を起こしています。渡辺氏の怒りは、もっともだと思います。私は喫煙と喫煙による健康被害をなくす運動に関係している人々が、毎日新聞に日本たばこ産業のロゴ付きのコラムに載ったことをなぜ怒っているのか、なぜこの種のPRを新聞に載せてはならないかについて、私が知っていることを、現在の毎日新聞社の幹部の中で唯一、お知り合いである朝比奈会長にお伝えし、今後は新聞にこの種の記事を載せないようお願いしたいと思います。
 日本の嫌煙権運動は渡辺氏の献身的な運動のお陰もあって、成人の喫煙率は1978年の男性74.7パーセント、女性16.2パーセントから、35年後の2012年には男性32.7パーセント、女性10.4パーセントと劇的に減りました。しかし男性の喫煙率(2011年のOECDの調査)はスウエーデンの3倍近い36.6パーセントと高く、喫煙率の低い国の順位はOECD加盟34か国中、21位という有様。その主要な原因は、たばこ規制枠組条約は第13条でたばこの規制を禁止し、先進諸国では、たばこの宣伝、広告、販売促進、スポンサー行為の規制が進んでいるのに、日本は大きく立ち遅れています。
 そのうえ、日本ではたばこ事業法があり、同法に「わが国たばこ産業の健全な発展を図る」と書かれていて、財務省がたばこ産業の株を保有しているのです。たばこ産業が財務省の庇護のもとにあり、広告・宣伝の規制が緩いために、日本の喫煙率がはかばかしく低下しないのです。たばこによる人々の健康被害を防止するための運動に携わっている人たちが毎日新聞にたばこ産業のPR 記事が載ったことに怒っているのは、このためです。このことに留意し、たばこ産業のPR関連の記事は今後、一切載せないよう、お取り計らいください。ご参考までに関連の資料をお送りします。  
                 
     
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河野洋平氏「拉致解決には国交正常化を」をと安倍に注文

河野洋平氏「拉致解決には国交正常化を」をと安倍に注文 18・6・15
 元衆院議長の河野洋平氏が13日、北朝鮮による日本人拉致問題を巡り、「国交も正常化されていない、植民地問題の処理もできていない国に対し、『返せ、返せ』とだけ言ってもなかなか解決しない」と述べ、まずは国交正常化の手順を踏むべきとの認識を示した。日本による戦前の植民地支配の清算についても、「韓国にはおわびをして、経済援助をした。同じことをしないと、反省の姿勢を示すことにならない」と訴え、北朝鮮への謝罪と経済援助の必要性に言及した。以下は神奈川新聞018年6月15日の朝刊掲載記事より。
ー 東京都内での講演で語った。安倍晋三首相は「拉致問題の解決なくして国交正常化はあり得ない」との立場を示しており、疑問を呈した形だ。自民党総裁や外相を歴任した河野氏は、安倍首相が意欲を示す日朝首脳会談の実現性について、「米国は会談するための下地を作ってきたが、日本はそういう雰囲気がない。少し心配だ」と苦言。北朝鮮への圧力の継続を表明する首相や息子の河野太郎外相(衆院15区)の姿勢を問題視した。その上で、「目的達成には譲ることも考えないといけない。日本ももっと努力してほしい」と注文を付けた。
 12日の米朝首脳会談は「トップ同士が会うのはすごいこと。話し合うことで平和が近づいてきた」と評価した。ただ、米側が求める「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」は「とんでもなく難しい作業であることは間違いない」と指摘。日本が核兵器禁止条約に署名しない一方で、北朝鮮に核放棄を求める姿勢には「自己矛盾を感じる」とし、「唯一の被爆国として核廃絶の先頭に立つと言う以上、スタンスをはっきりさせるべき」と強調したー。




















樺樺美智子さんの「死の真相」 18・6・6

樺樺美智子さんの「死の真相」 18・6・6
 美智子さんの「死の真相」 (60年安保の裏側で) ―60年安保闘争50周年
ちきゅうざ 2010年 12月 24日  評論・紹介・意見より 以下はちきゅう座に掲載された、 御庄博実(丸屋 博)権力による捏造樺美智子の死の真相特集:安保50周年
<御庄博実(丸屋 博)(みしょうはるみ:まるやひろし):医者・詩人>
の一部である。樺美智子の死も、警官隊による警棒の攻撃と首を絞めた扼殺だったとの見方である。
 ー五十年前、検察側は国会構内の警備隊の目前で起こったことをあたかもデモ隊の後方の列で起こった「人ナダレによる」とはやばやと断定し、その後は司法解剖の行われた法医学鑑定書を、再鑑定など学問解釈上の裁をとりながら、虚偽、隠蔽、捏造といったあらゆる手段を用いて、己に都合のよい結論を自ら仕立てた。樺美智子さんの死はこうして隠蔽され、不問に伏せられたのである。長崎暢子さんにお会いして、当夜の実情を聞かせてもらって、僕は検察権力の、巧みな隠蔽、捏造の事実を今更ながら、鳥肌の立つ思いで振り返っている。安保改定時の『核密約』も、やっと白日の下に晒された。六十年安保から五十年、樺美智子さんの司法解剖に立ち会って『死の真相』を知る人は、今はただ僕一人が残されているのでしょうか。僕は樺俊雄先生ご夫妻の「美智子の死の真相を!」というご依頼にやっと応えることができたと思う。
 「歴史の流れ」が、音を立てて足元から聞こえてきます。六十年安保から五十年です。五十年前のこの時間に、僕は樺さんの『死』を知らされました。それから彼女の「死の真相」を尋ねて、うかうかと五十年が過ぎました。 見渡せば、彼女の「死の真相」を知る人は、もう一人も残っていません。 記憶を奮い起こして、書きました。
一九六〇年五月一九日、岸信介自民党内閣による衆議院での強行採決、参議院での議論をへないままの同二十三日の自然成立と、その後の日本外交に大きく影響する条約にしては、異例なかたちで成立した「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」。簡単に言えば米ソの対立がはげしい時代、アメリカの対アジア戦略にのっとったアメリカ主導の軍事同盟であったといえるだろう。一〇年間は異議申し立てができない代物であった。(十年後の一九七〇年、もはや六十年時のような大衆デモはなかった)
第六条にいわく。
 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。しかも、右の基地内は、治外法権となって日本の行政は及ばない。この安保条約締結に反対するデモは、次第に燃えさかり、国会周辺を連日埋め尽くすこととなる。(六月一五~一六日は約十万人)戦時下の空襲・飢餓の痛手による体験がなおなまなましいなかで、アメリカ一方に与し、その戦略に巻きこまれることはごめんだ、という素朴な感情が、多くの人びとをデモへ駆り立てたといえるだろう。
 明治以後、日本が外国と軍事同盟をむすんだのは二回。日英同盟(一九〇二年)と、日独伊三国同盟(一九四〇年)。前者は日露戦争、後者は米英ほかの連合軍との戦争へと雪崩れていった。軍事同盟の危険を肌で人びとは感じとったのではあるまいか。だから、連日、国会を埋めるデモに対し、岸首相が、「声なき声は自分たちを支持している」と語ったとき、早速に、声なき声というプラカードを作ってデモに行くものがあらわれ、これといった組織のない人びとがそのプラカードの後ろに付いて、みるみる膨れ上がっていく現象も起きたのだった。そのようななかで、学生たちが立ち上がり、そこに二十三歳、東大文学部国史科学生の樺美智子もいたわけである。一篇の詩をあげておこう。

   最後に 樺美智子
  誰かが私を笑っている
  こっちでも向うでも
  私をあざ笑っている
  でもかまわないさ
  私は自分の道を行く
  笑っている連中もやはり
  各々の道を行くだろう
  よく言うじゃないか
  「最後に笑うものが
  最もよく笑うものだ」 と
  でも私は
  いつまでも笑わないだろう
  いつまでも笑えないだろう
  それでいいのだ
  ただ許されるものなら
  最後に
  人知れず ほほえみたいものだ
*御庄博実という名前は詩人のペンネームです。本名は丸屋 博。(編集部注)
初出:『ヒロシマ ナガサキを考える』第99号より許可を得て転載

今年もまた、樺さんを偲ぼう 6月15日(金)

今年もまた、樺さんを偲ぼう 18・6・4
 かつての60年安保闘争で、当時23歳の東大生樺美智子が国会内のデモで殺されてから満58年だ。今年もまた、9条改憲阻止の会の主催により、樺さんを偲ぶ会が開かれる。以下はその案内である。
 -久しぶりにやってきた孫たちを連れて公園に行った。道々に咲き始めた紫陽花があって、ああ、今年もそんな季節がきたかと思いながら目をやった。やっぱり紫陽花はいい。こころが和む。そういえば梅雨入りだって近い。6月、水無月、とてもいい言葉だ。水無月の15日は忘れられない安保闘争の日である。そして樺美智子さんを偲ぶ日である。
 今年は衝撃的な事件で始まった。西部暹さんの入水自殺(自裁)である。これは僕にはなによりも言いしれない寂しさをもたらした。その寂しさは今もこころに残り何かのついでにふと甦る。僕は彼の死を了解づけられない。彼の死は何かのついでに想起されては、それがなんであったのかの自問を迫る、答えのないまま問答を繰り返す。こうしたことを繰り返すしかかないのだろうが、そんな風に僕にはある。その西部さんも6月15日隊列の中にいた。彼は6月15日の闘いの被告(24人の被告の一人)だった。
そういえば、かつて60年安保を闘った人たちの多くが亡くなっている。西部さんもその一人だろうが、青木昌彦さんもなくなったし、北小路敏さんも亡くなった。ただ、彼等は象徴であって、60年安保を闘った人の多くがなくなっているのだと思う。その世代の多くの人が樺さんの方に移って行っている。そんなことを考えながら樺さんことを思うようになった。樺さんを偲び、追悼する中に、そういう人たちが加わる、それが増えているのだ。樺さんを偲び、多くの人を追悼する日として今年も6月15日の会を持ちたい。主催は60年安保世代の人たちが多く集まった「9条改憲阻止に会」であるが、それぞれ、樺さん、あるいは亡き人を偲び、追悼をしたいと思う。ー(文責:三上治)
 樺美智子さんを偲ぶ会
 6月15日(金) 13時から 国会南通用門前
 献花用の花、線香などはこちらでも用意します、
 主催・9条改憲阻止の会 (03-6206-1101)

補者男女均等の社会を目指す法律が可決

候補者男女均等の社会を目指す法律が可決へ 18・5・15
 千代田区議で友人の小枝すみ子さんからのメールで、本日の衆議院内閣委員会で可決され、明日本会議で全会一致で可決されるとの報告がありました。以下にその要旨を紹介します。
 ー暑い日差しの中を、今日は旧永田小前を通って、参議院内閣委員会の傍聴に行ってまいりました。地域に山積の課題がありながら、みんなに叱られると思いながら、見届けたくて行ってきました。前回もお知らせした「政治分野における男女共同参画推進法」です。衆院は4月12日に通過しているのですが、国会空転の中で、見通しが立たないと言われていました。それが今日の内閣委員会で、全会一致可決、明日の参議院本会議で可決成立予定です。赤松良子元文部大臣はじめとして、私よりはるかに年長の方々が、粘り強く超党派の会を動かしてくださった。おりしも総務大臣が野田聖子さんであるということも大きかったと思う。私の人生経験の中で国会傍聴は、亀井建設大臣時代の都市法改悪のときと、1990年代のPKO法のとき以来だから20年ぶり。いくつもいくつも身体検査にスカーフまでとられて、権威の象徴たる国会の重々しさ。予定の12時半を過ぎると、大臣側入れ替え、野田聖子総務大臣が入ってこられて、国会議員側は全員同じなのに空気が一変、場面が変わって、まず推進法案の目的概要を自民党の委員長が説明、共産党の議員さんからの賛成討論、民進系の議員さんが中身の濃い付帯決議を提案、メモをとりきれなかったけれど、単なる理念法を理念で終わらせないだろうという未来に向けた内容の重さを聞き取った時、なんだか熱いものがこみ上げて、一瞬涙があふれてしまった。それまで、立ってもしゃべってもいけないと言われていた委員会室が、明るく緩んで、相原議員さんや山本議員さん、そして野田大臣にも握手をしていただいた。
  区議会に戻ると、議長室に松本佳子議長のランプがついていたので、報告すると心から喜んでくださった。きっと、女性と言ってもいい加減な人もいるとやじりたい人の声も聞こえます。けれどここは乗り越えないといけない、きっと30年前に乗り越えておかなければならないことだったのだと思います。明日の本会議採決後はさすがに、新聞テレビでも取り上げられることでしょう。長野で女性議員を増やした大先輩にお電話したら、とても喜んでくださいました。性犯罪が、政治、官僚、子どもたちをも巻き込むような、とめどない状況が新聞を賑わす中、右とか左とか、自民とか立憲とか関係なく、フェアな社会を作り出していく、これが日本の再出発のエネルギーになるように感じましたー。2018年5月15日 小枝すみ子(区議会控室にてspan>)
ようこそ!「老人はゆく」へ
「老人はゆく」へようこそ

徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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