平成天皇と美知子妃の憲法認識と右翼の批判

平成天皇と美知子妃の憲法認識と右翼の批判 17・12・23
 今日は天皇誕生日だ。近年目立つのは自民党の右翼学者や日本会議に属する議員は、平成天皇や美知子妃の平和や憲法についての批判だ。昔なら不敬罪だが今は、憲法改正、天皇元首などを目指す右翼たちは公然と天皇批判をやっている。憲法問題についての天皇や皇后の発言が気に入らないらしい。2013年(平成25年)10月20日、皇后は、誕生日にあたってのコメントで五日市憲法草案に言及された。
ーあきる野市の五日市を訪れた時,郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。明治憲法の公布(明治22年)に先立ち,地域の小学校の教員,地主や農民が,寄り合い,討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で,基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務,法の下の平等,更に言論の自由,信教の自由など,204条が書かれており,地方自治権等についても記されています。鎖国を経た19世紀末の日本で,市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして,世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。―
 さらに同年12月18日、天皇が、やはり誕生日にあたってのコメントで「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」と述べられた。
◆右翼学者八木英次の天皇皇后の発言を護憲派と攻撃
 これに対してそっそく噛みついたのが八木秀次(麗澤大学経済学部教授。憲法学「日本教育再生機構」理事長、「新しい歴史教科書をつくる会」第3代会長)だ。
―美知子妃が10月20日、次いで天皇陛下が12月18日、 陛下が日本国憲法の価値観を高く評価されていることが窺える。 私がここで指摘しておきたいのは、両陛下のご発言が、安倍内閣が進めようとしている憲法改正への懸念の表明のように国民に受け止められかねないことだ。なぜこのタイミングなのか。デリケートな問題であることを踏まえない宮内庁に危うさを覚える。憲法改正は対立のあるテーマだ。その一方の立場に立たれれば、もはや「国民統合の象徴」ではなくなってしまう。宮内庁のマネージメントはどうなっているのか。 灰聞するところによれば、両陛下は安倍内閣や自民党の憲法に関する見解を誤解されているという。皇后陛下は「新聞紙上」で憲法論議に触れられると述べておられる。確かに一部の新聞は、あたかも戦争の準備をし、国民の自由を抑圧するためにこそ憲法改正を企図しているかのように書き立てている。これは「ためにする」議論であることは言うまでもない。自民党の改正草案が天皇を「元首」と規定していることに、象徴天皇を否定し、天皇が政治的実権を握るようになると誤解されているからだとの観測もあるが、「元首」は「対外的な国家の代表者」との意味で、現行憲法下の実情と何も変わらない。―
 八木秀次のみならず日本会議所属の国会議員や評論家なども同じように天皇皇后の護憲的発言を批判する。石原慎太郎元東京知事などもその一人だ。かつて「天皇に会った時、外人観光客のために皇居のライトアップを」などと要請。宮内庁が強く抗議した。また「天皇にはぜひ靖国参拝を」などとぬけぬけと言う。東条などの戦犯を合祀して以来、昭和天皇は靖国参拝を中止された。以降、現在の平成天皇も靖国参拝は中止されている。天皇に靖国親拝を要請するなら、戦犯合祀の現況を改善することが先決だ。天皇の靖国神社親拝は昭和天皇による1975年(昭和50年)11月21日が最後となっている。およそ40年余にわたって天皇親拝が中止されている。戦犯合祀という根本原因を糺さないで、天皇の靖国参拝を求めることこそ弾劾されるべきだ。

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さまざまな想いの12月開戦日 

さまざまな想いの12月開戦日 27・⒓・8
◆無条件降伏の敗戦を終戦とごまかし続けた 
今日12月8日は、戦後72年を経ても忘れがたい敗戦の年よりもさらに昔の1941年12月8日の太平洋戦争が始まった日だ。当時はこの日を大詔奉戴日と言った。当時の国民学校3年生の時に太平洋戦争が始まり、1955年8月15日の敗戦につながった。勝った、勝ったと言いながら、1957年6月のミッドウエー海戦の惨敗から一気に戦局は転換し、敗北の連鎖がはじまった。だが政府も陸海軍省も負けたとは一言も言わず、負けて後退すれば撤退という言葉でごまかした。
 そのうえ、負けたミッドウエー海戦をはじめてとして、あらゆる海戦や決戦を敗北とは言わず、赫々たる戦果を挙げたと誤魔化し続けた。大人たちは半ばわかっていただろうが、純真な小学生だった子供たちは勝利を信じていた。広島・長崎と続いたカドン、原爆の壮絶な破壊も敗戦まで明らかにされなかった。その極致が、1945年8月15日の天皇の決断によるポッダム宣言を受諾した無条件降伏さえ敗戦といわなかった。そして同年9月2日、米軍艦ミズリー号上での降伏文書調印後も、敗戦とは言わず終戦と言う言葉を使ってごまかした。
◆原発事故の冷温停止とアンダーコントロールという大嘘
 そのごまかしは今でも続いている。戦争中、敗北を撤退とごまかし、無条件降伏も終戦とと言う言葉でごまかした。そして今日現在では、あれだけの放射能汚染で日本全土のみならず世界全体に原発の恐怖をまき散らしたにもかかわらず、当時の民主党政権は福島第二原発の事故がまだ収まっていないのに「冷温停止状態」を宣言した。それをやったのは野田政権の細野環境相である。細野はそれに加えて福井大飯原発の再稼働を容認した。この二つの出来事が今日まで続く国会周辺を取り巻く脱原発運動の出発点となった。この民主党政権の背信に加えて、安倍自民党政権は、東京オリンピック誘致に際して、安倍首相が「アンダーコントロール」という大嘘をついて誘致に成功した。
 無条件降伏という全面的な敗戦も「終戦」と言う言葉でごまかした。第二の敗戦ともいうべき原発事故さえも「冷温停止」とか「アンダーコントロール」と言う言葉で世界中をごまかす。これを信じている日本人はどこか狂っていると言いたい。ごまかしの上に誘致された東京オリンピックなるものも、東京が最も暑い8月に実施されるというのだから二重の欺瞞である。酷暑のマラソンなどかつてやったためしはないし、想像するだにおそろしい。1964年に開催された東京オリンピックは10月開催であった。天候も安定し涼しい秋風の吹く季節だった。東京オリンピック反対の声が高まるのも当然だ。
 学者や評論家、あるいは作家や詩人俳人などでも、その作品の中に表現されている終戦あるいは敗戦という言葉によって私はその人間の本質を探ることが出来る気がしている。あの敗北を、意識的にせよ無意識にせよ、なんのてらいもなく、終戦といい続ける人々のことを私は尊敬する気になれない。
 

元ラグビー日本代表・平尾 剛のオリンピック返上論

元ラグビー日本代表・平尾 剛のオリンピック返上論 17・11・28
 東京オリンピック返上論はさまざまな形で語られ、運動となっているが、今回、元ラグビー日本代表の平尾剛(神戸親和女子大学講師)が次のようにオリンピック返上論を公表した。以下に要旨を紹介する。
-回りくどい言い方はこのくらいにして、率直に言おう。僕は東京オリンピック&パラリンピック(以下、東京五輪)は返上すべきだと思っている。リアリティを感じないのは、開催が現実化して欲しくないという願望を強く抱きながらも、元アスリートとして正面から反対の声を上げることをためらっていたからである。
 過去も現在もスポーツの恩恵に与る立場の人間がスポーツの祭典を批判してもよいものだろうか。アスリートのための4年に一度の晴れ舞台を元アスリートが否定することは、つまりのところ自己否定につながるのではないか。でももうやめにする。元アスリートでスポーツを愛する一人の人間として、これ以上は黙っていられない。競技者の理想を脇に置きつつ、権力者は「レガシー」作りのため、資本家にとっては商機をつかむための巨大なイベントにオリンピックが成り下がっている現状に、一言物申したい。
◆安倍首相のアンダーコントロールは虚偽だった 
 思い起こせば東京招致が決まったときからキナ臭さに溢れていた。2013年9月7日にブエノスアイレスで行われたIOC総会で安倍首相は、「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」と述べた(首相官邸のサイトより)。だが現実はというと、放射性汚染水は今も増え続け、制御どころか今後の見通しすら立っていない。我が国の首相は世界に向けて力強く「アンダーコントロール」と口にしたが、その内実は虚偽であった。
 さらに招致に関していえば、あの裏金問題も未解決のままだ。招致委員会からシンガポールのブラック・タイディングス社の代表イアン・タン氏にコンサルタント料が支払われていたことが国会で問題になった。金額にして2億円超の大金が、築50年近く経った古い公営住宅の一室を所在地とする同社に振り込まれていたのである。このイアン氏は、国際陸連前会長で国際オリンピック委員会(IOC)の選考委員でもあるラミン・ディアク氏の息子パパ・マッサタ・ディアク氏と深い関係にあることから、票集めのための裏金ではないかとの疑惑がもたれている。
 昨夏に行われたリオデジャネイロ五輪でも同様に、ブラジル側から同社にたいして多額の金額が支払われていることが明らかになった。開催国の招致委員会から同一人物が経営する会社に多額の金が支払われているという偶然の一致が意味するところは推して知るべしである。フクシマを蔑ろにした虚偽発言、未解決なままの裏金問題、この二つだけでも十分に返上に値する理由になる。さらにその他の東京五輪にまつわる報道を見渡せば、どこをどう考えても開催を見送るべきという結論にしか至らない。新国立競技場建設にまつわる諸問題(今年の7月には建設現場監督の過労自殺事件も報道された)、エンブレムの盗用疑惑から競技会場をめぐる問題まで、挙げていけばきりがない。これらを合わせ読むと、いかに「開催ありき」で事が進んでいることは明らかである。理念がまるで感じられないこんなハリボテの大会は、もうやめにしたほうがいい。―(住ムフムラボ 第14回 反東京五輪宣言 2017・11・23より)

千代田区の選挙結果野党共闘で海江田復活 

千代田区の選挙結果野党共闘で海江田復活 17・11・4
 東京都は日本最大の人口をもつ選挙区である。25の選挙区の結果は、自公の圧勝に終わった。自民19+6比例、公明1プラス2比例、立憲4+4比例、希望1+比例3、共産2比例の結果だ。自民・公明を加えた議席は28議席。野党3党の議席は14議席となった。わけても希望の惨敗ぶりが目立つ。徘徊老人の居住する千代田区は、新宿と並んで東京第1区である。ここは民主党政権の大敗した012年総選挙以降、海江田万里元民主党代表の選挙区だが、12年、14年とも連敗。とくに前回の総選挙で比例区復活もならなかった。
 今回は千代田新宿の共産党、社民党などとの野党統一候補の話し合いが成立して、立憲民主党所属の海江田万里が当選した。前回014年と比べれば野党共闘の成果が歴然としている。()内は前回014年の結果
 海江田万里 立憲 96,255 (89,232) 山田みき 自民 93234(107,015) 松沢香 希望 40,376。前回は山田みき氏に17,783票の差で落選した。今回も共産党の協力がなければ落選だった。前回014年の総選挙で共産党は東京1区で富田なおき氏が立候補、29,001票を獲得している。今回はこの共産党支持層の投票によって約1万8000票の差を逆転できた。
 野党統一候補のメリットは、第一にその周辺に市民グループによる野党候補を推す動きが活発化することだ、場合によっては市民グループが先導して野党統一候補として立憲民主党や無所属候補のなかでも旗幟鮮明な候補を推す動きが加速する。その相乗効果によって無党派層の多くが、野党統一候補に投票するという図式だ。勝利した参院選や今回の総選挙で見られる。野党統一と市民グループ参加、無党派層の投票行動刺激、そして野党統一候補の勝利となる。
 もう一つは、野党統一候補の勝利は、多くの場合民進党や立憲民主党の候補者が多い。したがってその相乗効果として、無党派層や共産党系の浮動票も投票した候補者の党に比例区票を入れる傾向がある。前回016年の参院選でも民進党の比例区票は飛躍的に伸びたが、共産党は1%くらいしか伸びなかった。だが、その後の地方選挙などでは、共産党への信頼が地方議員選挙での勝利につながる傾向がある。そういうことをきちんと整理しなければ、統一候補のメリットを野党第一党だけが享受する結果になる。
 そういうことを分析できないで「共産党との協力は保守層の支持をなくす」として、希望との合同劇を演出した前原氏や細野氏ら旧民主党幹部や連合の幹部などは「木を見て森を見ない」バカモノとしか言いようがない。野党統一によって民進党の比例区票が伸びて、基礎票を持つ連合議員はほぼ全員当選したのである。選挙後の各紙の一致した調査結果では、野党統一が出来てゐたら62前後の選挙区で与野党逆転がなったという。すでにこのことは昨年12月の日経新聞が分析していたことだ。こういうことを一顧だもせず、幻の小池ブームに幻惑されて、民進党は解体し野党分断の状況が生まれた。旧民主党・民進党幹部に世の中のことをまともに見つめる眼力が欠如しているこがすべての原因である。

野党総崩れの中勝利、神奈川12区と沖縄

野党総崩れの中貴重な勝利 神奈川12区と沖縄 17・10・31
◆阿部知子氏の神奈川12区勝利とその支持分析
 10月22日投票の総選挙は、すでに分断された野党の敗北が歴然としたなかでの選挙だった。徘徊の興味は2点だった。第一は神奈川12区の阿部倍知子さんの選挙結果である。阿部さんは元社民党から代議士となりすでに6選だが、いずれも比例区での復活であり選挙区の当選はなかった。しかし前回2014年の総選挙では、自民党候補と競り合って715票という僅差で敗れ比例区当選となった。今回はこの700票の差を乗り越える可能性はあった。それは野党統一候補となれば、阿部さんの選挙区である藤沢市・寒川町で前回約1万五千票を獲得している共産党との協力が可能となる。
 小池希望の党による候補者選別というリベラル外しに真っ先に抗議し「新しい独裁者は要らない」と宣言した阿部さんの姿勢に同感する人たちが、立憲民主党を立ち上げた。したがって、共産党は神奈川12区では阿部さんと共闘する大義名分が整ったわけである。しかし不安いっぱいだった。というのは折からの悪天候による投票率の低下である。しかし、あの悪天候の元でも3年前の投票率を上回ったと分かってホットした。また朝日新聞の出口調査によると、共産党支持者は、80%が阿部知子に投票、無党派層の53%が阿部に投票した。さらに自民党支持者の11%、公明党支持者の13%が阿部知子に投票している。(朝日新聞神奈川版17・10・26) 選挙区当選の報は深夜、秘書の女性から「NHKで当確が出ました」と携帯メールが届いた。小さくバンザイをして眠りに着いた。
◆沖縄選挙の結果 オール沖縄宜野湾や辺野古で完勝
 第二は沖縄の選挙結果である。これについては佐藤優氏が、東京新聞のコラムで、適切なコメントをしている。―22日に行われた衆議院議員選挙(総選挙)で、沖縄の四つの小選挙区の一つで、辺野古新基地建設を容認する自民党候補が当選したことから、”翁長雄志知事の支持基盤である「オール沖縄」の影響力が弱まったという見方があるが、これは間違った評価だ。2014年の総選挙で落選した候補者のうち、辺野古新基地に賛成する4人が九州(沖縄を含む)比例区から復活当選していた。今回の総選挙にこの4人も立候補し、一人が小選挙区で当選。一人は小選挙区で落選したが比例区で復活当選し、残りの二人は小選挙区で落選した上、比例区での復活もかなわなかった。結果から見ると沖縄を基盤とする国会議員のうち、辺野古新基地建設への賛成者が二人減少したのである。今回の総選挙で沖縄の圧倒的多数の民意が辺野古新基地建設に反対で再度明確にされたといってよい。しかし、東京の政治エリート(国会議員官僚)にこの現実が見えていない。日本の陸地面0・6%を占めるにすぎない沖縄県に在日米軍基地の70%が所在するという不平等で差別的な状況を改善せよというのが沖縄人の総意だ。辺野古新基地を強行すると、いずれかの段階で大規模な流血が発生することになると筆者は懸念している。(-佐藤優 本音のコラム 総選挙と沖縄 東京新聞17・10・27 作家・元外務省主任分析官)―
 昨年春の宜野湾市長選は自民が勝ったが、今回の総選挙では辺野古反対を一貫している照屋寛徳氏が、自民党候補に3千票余の差をつけて勝利した。辺野古基地を抱え名護市では、玉城デニー氏が自民党候補に3千票余の差をつけて勝利した。来年1月の名護市長選挙を控えての、この勝利の意味は大きい。
ようこそ!「老人はゆく」へ
「老人はゆく」へようこそ

徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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