戦後70年ノート⑧  敗戦か終戦かの分岐点

戦後70年ノート⑧ 敗戦か終戦かの分岐点 15・8月21日
 8月になるといつも心にかかることがある。それは終戦記念日という言い方だ。ポッダム宣言を受諾して無条件降伏して、1945年9月1日、ミズリー号上で正式に重光外相が降伏文書に調印した。この日を持って敗戦が決定的になったはずである。それがいつのまにか終戦記念日などとされた。政府や自治体、公的な団体などでは終戦記念日として、何の疑いもないようだ。だから安倍総理の「私はポッダム宣言を読んだことがない」などという発言が出てくる。ポッダム宣言を知らなければ、日本は戦争に敗けたことさえなかったことになる。
 靖国神社の遊就館(ゆうしゅうかん)に入るとそれがよくわかる。明治以来の赫々たる、日清、日露戦争の勝利が喧伝される。原爆投下や沖縄戦の悲惨な敗北などほとんど掲示されていない。そして日本軍は軍規きびしく、侵略や略奪、強姦などしたことがないと強調される。これをみた戦争を知らない少年が「おじいちゃん、日本は戦争に勝ったのね」といったそうである。そして戦没者の写真や遺品、遺書などが公開されている。「みんな立派にお国のために戦った」と賛美されている。10年前くらいに見た記憶で言うと、なんという戦争の美化かと憤りさえ感じた。いまなお南方方面を中心に、113万柱の遺骨さえ帰還していない。240万人の戦死者の内、飢え死にが約半数だったということなど知らせない。
 我々の周囲でも保守革新を問わず、終戦記念日と何のこだわりもなく言っている人も多い。私は12歳の時に天皇の詔勅をラジオで聞いたが、敗戦のショックに声も出なかった。ところが当時の東久邇宮内閣が「一億総懺悔」などということを言い出して、戦争責任は民衆にもあるかのようなムードを作り出した。そういう背景もあって敗戦ではなく終戦という言葉が定着した。俳句の世界でも和歌の世界でも、詠い方が違う。敗戦忌あるいは敗戦記念日とする方もあるが、概して終戦記念日という表現が多い。この歴史的認識の相違が、過去の日本の中国、東南アジアへの侵略行為を正当化することに繋がっていると思う。私は「敗戦記念日」として8月15日を捉えていない、当時の戦争世代の感覚を疑う。それが今日の若い世代に受け継がれて、敗戦責任を曖昧にする、今日の世相に繋がっていると思う。
◆「敗戦」という事実を隠ぺいする「終戦」という言い方
 天皇の詔勅による終戦という認識に対して、右翼の方々の中でも疑念を呈している方がいることを最近知った。大原康男国学院大教授(当時)の「終戦50年を考える『終戦』を捉える5つの視点」という論文である。その中で大原氏は以下のように敗戦の視点を指摘する。―「終戦」という言葉を使うことに寄って「敗戦」つまり、わが国が戦争に敗けたのだという事実を意識的あるいは無意識的にも隠蔽する。あるいはそこまで行かなくとも、触れずに済ましてしまうような心理を生み出してしまっているのではないか。つまり「敗戦」という冷厳な事実から目をそらしてしまうことー
 まことに正鵠を得た見解である。保守派や改憲派の方々にも、小林節氏や大原氏のような正論を吐いている方もいるのだ。この問題は戦後日本のポイントだと思う。
 叔父ふたり 征きて帰らず 敗戦忌 漫歩
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戦後70年ノート⑦良質な保守層の反乱

戦後70年ノート 良質な保守派の反乱 15・8月3日
 毎日新聞の7月20日夕刊、特集ワイド「松田喬和のずばり聞きます 自民党 古賀誠・元幹事長」という対談に注目した。安保法案をめぐる自公政権の独走と強行採決によって、安倍内閣の支持率は、産経新聞、読売新聞など政権支持の新聞ですら、過半数が「内閣支持せず」という状況になった。この不支持層は、民主党や共産党支持者だけではなく、保守支持層や無党派の動向が大きく作用している。いわば良質な保守支持層の反乱である。
 古賀氏は日本遺族会の会長を長く務め、現在は顧問である。松田氏は「今年は戦後70年の節目です。日本遺族会顧問としてどう考えますか」と問うている。以下は古賀氏の発言の要旨である。
 ―あの戦争で一番重大な問題は、なぜ戦争をしたかはさることながら、なぜやめられなかったか、ということ。タイミングを先延ばしにした結果、軍人や軍属以外に、たくさんの民間人が赤紙の召集令状で戦争に連れていかれ、命を落としました。私の父に赤紙が来たのは昭和17(1942)年。もう日本に勝つ見込みはなかった時期ですよ。もっと言えば1年前に戦争を終わらせていたら、あの悲惨な沖縄の地上戦はなかった。長崎や広島に原爆は落とされず、東京大空襲もなかった。100万人の命が救えた。やめられなかったのは、限られた軍部の判断とも言われますが、あの時だって国会はあり、政治家はいた。つまり、問題は政治の貧困なんです。それが全てをなくした。今怖いのは安保政策の転換より政治の貧困です。総裁選もやらないような事態は、政治の貧困につながるんですよ。     
◆戦後70年の安倍談話 村山談話、小泉談話を継承すべき
 「植民地支配」「心からのおわび」などを盛り込んだ戦後50年の「村山談話」は、国が閣議決定して世界に約束した大戦の総括です。戦後60年の「小泉談話」もこれを踏襲しました。日本だけの問題ではないんです。安倍さんが「踏襲する」とおっしゃったのはあ当然のことだろうと思いますね。東西冷戦後、旧ソ連が崩壊し、米国という一極の覇権国ができましたが、米国はその後、イラクやアフガニスタンの対応で失敗。今や米国だけの覇権はあり得ないというのが世界の認識です。そして、米国の代わりに台頭してきたのが中国です。もはや米国一辺倒の外交ではダメで、中国とどううまくつきあうかが大切なんです。
 そうした状況にふさわしい安保政策は、どうあるべきか。専守防衛を捨てるのではなく、専守防衛に徹すること、平和主義に徹することです。中国や韓国と仲良くつきあい、日本は絶対に戦争をしないということです。米国との外交は我が国外交の基軸です。ただ、米国追従はいけません。米国だけに追従したら、日本は危うい、戦争をしなければいけない国になる。日本は一国平和主義を貫くべきだ。その姿勢を世界に発信することこそ、日本が向かうべき21世紀の方向だと思います。
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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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