三月の呆け物忘れ

三月の呆け進行度思い込みと固有名詞忘れ 3月31日
 いよいよ思い込みと固有名詞を忘れることが常態となりつつある。思い込みと言うのは、思っただけで、やらないで出かけること。たとえば出かけるときパソコンやヤフーの電源スイッチを切ろうと思っただけで実際には切らないで出かける。ガスのスイッチも同じ。ひどいのはトイレを流そうと思いながら、帰ってみるとそのままのときがある。昔は泥棒かと思ったが、泥棒が部屋に入ってトイレだけして帰るわけがない。
 地下鉄の駅を青山三丁目で降りるはずが。赤坂見附で降りて出口がどうも見つからないとうろうろする。駅員に尋ねて一つ手前で降りていることに気付くことがしばしばである。とくに本や新聞を読んでいるときに多い。もともと注意力散漫と来ているが、さらにその度合いがひどくなつてきた。ではどうするか。電車の中では本は読まない。メールとか携帯電話はいじらない。そういう対策が必要だ。昔、電車の駅を一つ手前で降りて、あわてて向かいの電車に乗り込もうとしてドアに跳ね飛ばされ全治三カ月の胸骨骨折で苦労した。どんなに思い違いしても決してあわてるなと言い聞かせている。
 固有名詞の忘れ方はこれまたひどい。俳人の金子兜太は、毎朝お経のかわりに亡くなった先輩友人の名前を読み上げているという。最近布団の中でそれをやってみた。朝は頭がまだ回らないせいか、亡くなった先輩友人の名前がすらすらと出てこない。昨日は北の北海道からやってみた。全国を歩いて一宿一飯のお接待を受けた先輩知人の名前を思い出そうとするのだが、顔は浮かんでくるのに名前が出てこない。北海道、東北、関東と来て後はやめた。今朝は南の沖縄から北上してみたが、やはり素直に出てこない。九州が終わらないうちにまた眠ってしまった。
 46都道府県の名前は出てくるが、四国遍路で4年間回った88カ所のお寺の名前は、諳んじていた筈なのに、ほとんど出てこない。一番困るのは携帯電話だ。付き合いのあった人の電話は携帯に入力してあるが、いざかけようと思った時に相手の名前が浮かんでこない。ついには翌日回しにして、あの人だ、と思いだして電話する。急にかけたいときには困ってしまうのだ。これからは北から南までの有人知人名簿を常に持ちあるいていなければ急場の間に合わない。そうはいっても、滅多に急場はないのでたいしたことはないとは思うが、ともかく80ともなれば、肉体だけでなく頭の衰亡もまた恐ろしく進むということを実感しているこの頃だ。
 友人から電話がきて「マフラー忘れて行ってますよ」。こっちは忘れてきたことさえ気づいていないのだ。だが、忘れるということ自体は悪くはない。いやなこと、困ったことも昔のように後を引かない。どうせ間もなくあの世に行くんだから、悩んでも仕方ない。成るようにしかならないのだと割り切ってしまう。色即是空空即是色、在ると思えば在り、無いと思えば無いのだ。
 忘るるが故に健康老いの春 虚子
 呆ける楽しさ舞う花びらを追いかける 藤井賢太郎
 春の風ルンルンけんけんあんぽんたん 坪内稔展
      (写真 水戸偕楽園の柳)

       a
スポンサーサイト
ようこそ!「老人はゆく」へ
「老人はゆく」へようこそ

徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

最新記事
リンク
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR