五月の呆け進行度

5月の呆け進行度 行き過ぎの傾向と対策
 呆けの進行はますます顕著だと言えるが、その質は変化しつつある。まず昨年あたりまであった、カギとか携帯、手帳、通帳、財布などの物忘れは少なくなった。それは先輩の88翁やトマスさんとかの忠告に従った。ひとつは遍路の頭陀袋のようなものに大事なものは納める。もう一つカギとか携帯は紐をつけて身に付けるということだ。これは案外効果があった。そういう先輩や仲間の忠告を聴いたおかげで、これらについては大きなミスはなくなった。パソコンを使っていて牛乳を煮立ててしまう。毎晩の玄米雑炊を糊のようになるまで気づかない。包丁をいくらやっても切れないと思ったら包丁の背中で切ろうとしていたとか、笑ってしまうミスも多い。糊になっても胃の消化がよくなると思えばいい。
 最近顕著になって来たのは行き過ぎる、ということだ。たとえば自分のマンションに帰っているのに、なんとなく別なことを考えていてつい通り過ぎる。また地下鉄などでも、ウッカリ考え事をして一駅二駅通過することも稀ではない。これは都内ならいいが、地方へ行って一時間に一本か二本の鉄道を乗り過ぎるとえらいことになる。だが、最近はそういうことがあっても決してあわてて走り出したりしない。別に遅れても命にかかわることでもないから、自分が歩いて引き返すか、次の電車を待てばいいのだと割り切って考えることにした。要するに、すべてのことを気らくに受け入れる。
 朝の豆腐買いに地下鉄一駅くらい歩いて財布をわすれたことに気付く時もある。でも歩く時間が長くなって散歩できていいやと思ってしまう。若い時からしばしば急ぎ過ぎ、せっかちで、ずいぶん人に迷惑をかけた。自己本位に走り過ぎたことが多かった。今は走ろうにも体力が亡くなったから、ユックリズムで対処するしかない。これがまた精神的にもストレス解消につながっていくことになる。だからゆっくり歩けば今でも休憩なしで二時間三時間は歩ける。
 かつて高木仁三郎氏(2000年10月、62歳没)に、あなたは科学者だが、自分のがんの原因はなんだと思いますか、と問うたことがある。彼は即座に答えた。「ストレスです。休みたいと海岸にちいさな別荘を持ったが行けなかった」。彼を走らせ続けたのは住民運動の要請だった。私が、彼が亡くなった翌年の2001年、68歳から四国歩き遍路をはじめたのは、東京を離れることで、いやおうなく運動の現場を遠ざかることができると思った側面もある。
 あの頃は、前立せん肥大、狭心症、血圧、大腸ポリープ、慢性胃炎と最悪の体調のなかで歩き始めた。70代になって老人性うつ病と診断され睡眠薬で数か月間苦しんだこともある。四年間の歩きで、汗を振り絞り、体の毒素が流れ出た気分がした。行き過ぎもいい。忘れることもいい。すべて肯定的に受け止めるようになったのも、四国遍路のおかげで、八十という天命を授かったせいかもしれない。
 忘るるが故に健康老いの春 虚子
 楽も苦も遊び心の傘寿春 漫歩
     (写真 北海道石狩市戸田記念公園の桜「彩時記」より)
     
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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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