10月の呆け物忘れ進行度

10月の呆け物忘れ進行度 11月1日
 ラジオ体操の途次、北の丸公園の観測計を見た。今朝6時の公園内、東京管区気象台の観測計には、気温11度C、湿度80%、露場(ろじょう)感雨なし、と出ていた。露場とは聞いたことのない言葉だが、「気象観測をするために整備した屋外の場所。周りに障害物のない平らな場所に、雨が跳ね返らないよう芝を植え、百葉箱(ひゃくようばこ)や雨量計などを設置する」と辞典にある。
 10月、呆け物忘れは相変わらず進行している。まず一つは記憶障害、朝のラジオ体操のことなど、昼寝した後ぽつかりと忘れている。眼が覚めて、今日は午前中なにをしていたっけと、思い出せなくなときがある。これが高じると記憶喪失につながるのだろう。
 二つ目は、18日の日付を8日と読み違えたり、曜日、駅名などの勘違い、思い込みによる失敗が多い。10月なのに、9月とか11月と勘違いしたり、武蔵境駅と武蔵小金井駅を取り違えたりする。先日、友人の墓参に行って、約束は武蔵小金井駅なのに、武蔵境駅に30分早く着いて、悠々とコーヒーを飲んで待っていたが人は来ない。勘違いに気付いて、あわてて電車で武蔵小金井駅に駆け付けたが数分遅れた。昨日も友人と待ち合わせするのに、まったく行ったこともない駅名を告げていた。メールで誤りを正されたが、とんでもないことになるところだった。
 三つ目は、これまたしばしばだが、電話したい友達の顔は浮かぶが、名前が出てこない。数日間続くことがある。ところが嫌いな人の名前は出てくる。嫌なやつのことを忘れるようになると呆けは本物と神経外科医に言われたことがあるが、まだ大丈夫ということか。
 四つ目、牛乳やふかし器の火をつけたまま忘れていて、しばしば黒焦げにする。われながら笑ってしまうのは、包丁を使って果物や野菜を切ろうとして切れない。気がつくと包丁の背中で切ろうとしている。よくなったこともある。あれほど酷かった鍵の掛け忘れ、財布、鍵の紛失がなくなった。鍵に紐をつけて必ず所定の場所にかけ、財布など入れる小物入れを固定したことが大きい。これは堺の88翁や友人のトマスさんなどの助言によるものだ。
 80歳ともなると、自分が間違ってもあわてなくなった。「まあ生死にかかわる大事でもない。あわてて階段を転げて怪我するより、ゆっくり行こう」と言い聞かせる。かつて大船駅で乗り換えようとして、全治三カ月の胸骨骨折という苦い経験をした。あわてるとロクなことはない。痛い目にあうと忘れないで生きていける。
 年を取るということは徐々に何かを喪失して行くことだ。記憶も失う時が来る。肉体的には歯も少なくなる、耳も遠くなる。眼も見えにくくなる。体力も徐々に衰え、ついには歩く力を失う。それが自然の成り行きなのだ。だから自分の持ち物もどんどん捨てて「断捨離」で身軽になろうと思う。今年も、貴重な先輩、友人、義妹など次々に失った。喪失や別離を受け止め抱きしめて、悲嘆にくれることなく受け入れる年代に入ったのだ。
  断捨離を思へど遠き枯れ野かな 漫歩
     (写真 シャリンバイ 北の丸公園)

      シャリンバイ


      


  
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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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