2013年呆け物忘れ進行度

2013年呆け物忘れ進行度 12月31日
 今年も11月末から風邪は引いたが、ようやく咳が治まって、大過なく年を越える。天地万霊に感謝したい。今年の呆け物忘れ進行度を振り返って見ると、昨年まであった財布とか通帳とか保険証など、大きな物忘れはなかった。もっとも財布にしても通帳にしても結局は、狭い部屋でなくしたと騒いでいたに過ぎない。そして大慌てにあわてて、銀行やカード会社に紛失届をした後に、トイレから見つかるとか、まことに、締まらない大騒ぎをしたものだ。
 今年の呆け物忘れで、一番の問題は方向性感覚の喪失ないしは低下である。ともかく何年も通っている道路にもかかわらず、一瞬どこに向かっているかわからなくなる。あっちを見たりこっちを見たりして、ようやく方向がわかってくるのだが、それがしばしばなのだ。電車などでも同じことが起きる。地下鉄の駅で降りて、どうも様子が違うと思ってよくよく見ると、一つ手前の駅で降りてうろうろしていたりする。これは若い頃には絶対なかったことだ。
 二つ目には、関連する問題だが、資料や新聞記事などの置き場所をしばしば忘れる。これは必要なものだと、確かに決まったところに収納したはずが出てこない。あっちを捜し、こっちを捜して見つからない。諦めて数日たつと出てくる場合もあるが、いまだに見つからないものもある。一計を案じて、直近の資料や新聞切抜きなどは、テーマ別に洗濯挟みで止めることを考えた。これは亡き助川信彦老師が部屋のなかでやっていらっしゃった。それをふと思い出したのでやってみた。なるほど、洗濯挟みというのは不恰好だが着脱が簡単で、とりあえずの整理には見やすい、扱いやすいなと思って重宝している。
 三つ目には、かなり前からの症状だが、一種の思い込み症候群だ。これは勘違いということになるのだが、その典型がメガネだ。先だって琵琶湖の東横インホテルで開かれた昔の仲間の会に出席した。新幹線ひかりで京都まで行って下車した。ホームに降りて忘れ物はないかと確認したらサングラスがない。上下の服ポケットを捜し、カバンの中を捜したがない。そうだ新幹線の車内で外したから座席に落としたかも知れない。まだ列車は止まっている。一瞬車内に入ろうかと思ったが、もう動き出した。「ああ、ついに三十年余、あちこち忘れそうになったサングラスともお別れか」と諦めかけたその直後、顔に触ったらメガネを掛けているではないか。何のことはない。サングラスを掛けていながら、無くしたと勘違いして、大慌てにあわててパニックになっていたのだ。
 八十代というのは、さらにその勘違い症候群が進行する。これがお金なんかが、からまるとおかしくなる。こちらはもらっていないのに、「先月支払したわね」なんて言われると困ってしまうことがある。ようするに八十代半ばともなると、いくら調子よく話してもその大半はすっかり忘れていると思った方がよい。再会すればまた、同じように繰り返しの思い出話などを持ち出してくる。「そうそうだった」と相槌を打っておればよい。多かれ少なかれ、自分もそういう方向を向いているという自覚が必要なのだ。
 マンションのドアに輪飾り生きてます 漫歩

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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
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路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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