きけ わだつみ 木村久夫の遺書

きけ わだつみ 木村久夫の遺書 4月29日
 『きけ わだつみのこえ』は軍国少年のわたしを平和少年へと転向させた一冊である。滂沱たる涙で読んだ記憶は今も忘れない。今朝の東京新聞の記事は、一面と二、三面、それに六、七面と二七面とじつに6ページにわたって、『きけ わだつみのこえ』に掲載された木村久夫元陸軍上等兵の遺書が、ほぼ全文掲載された。木村久夫は、戦争中拷問で住民を死なせたとして、1946年㋄、シンガポールで死刑となった。享年28歳。木村の遺書は重要な陸軍批判が削除されており、さらに、もうひとつ遺書があったというものだ。これまでは、彼の愛読書であった『哲学通論』の余白に書かれたものとされていたが、実は、余白の書き込みのものと別にあった遺書が合成・編集されたものだったという内容である。東京新聞にはその両方、遺書と『わだつみ』で削除された陸軍批判部分が掲載されている。以下削除された部分の要旨を以下に転載する。
◆軍人は正直に反省せよ、見るに耐えない東条英機の自殺未遂
 日本の軍人、ことに陸軍の軍人は、私たちの予測していた通り、やはり国を亡ぼしたやつであり、すべての虚飾を取り去れば、我欲そのもののほかは何ものでもなかった。大東亜戦以前の陸海軍人の態度を見ても容易に想像されるところであった。陸軍軍人は、あまりに俗世に乗り出しすぎた。彼らの常々の公言にもかかわらず、彼らは最も賤しい世俗の権化となっていたのである。それが終戦後、明瞭に現れてきた。生、物に吸着したのは陸軍軍人だった。連合国の看守から、まったく不合理と思えることが、日本では平然と行われていることを幾多指摘される。真赤な不合理 が平然と横行するまま許して来た。単なる撲るということがらだけでも、われわれ日本人の文化的水準が低いことがが思い出され、また指摘されるのである。
 ことに軍人社会、及びその行動が、その表向きの大言壮語にもかかわらず、本髄は古い中世的なモノそのものに他ならなかったことは、反省し全国民に平身低頭、謝罪せねばならぬ。この見るに耐えない軍人を代表するものとして、東条英機前首相がある。さらに彼の終戦における自殺未遂はなんたることか、無責任なること甚だしい。これが日本軍人のすべてであるのだ。
 軍人が今日までなしてきた栄誉栄華は誰のお陰だったのであるか、すべて国民の犠牲のもとになされたにすぎないのである。労働者、出征家族の家には何も食物はなくても、何々隊長と言われるようなお家には肉でも、魚でも、菓子でも、いくらでもあったのである。変わらなかったのである。天皇崇拝の熱の最もあつかったのは軍人さんだそうである。いわゆる「天皇」の命と彼らの言うのはすなはち「軍閥」の命に従わざる者を罪する時にのみ、天皇の権力というものが用いられたのである。精神的であり、また、たるべきと高唱してきた人々のいかにその人格の賤しきことを、我、日本人のために暗涙禁ずあたわず。
 木村久夫 辞世の歌二首
  風も凪ぎ雨も止みたり爽やかに朝日を浴びて明日は出でなむ
  心なき風な吹きこそ沈みたるこころの塵の立つぞ悲しき
     (写真 きけわだつみのこえ 岩波文庫反)

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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
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