映画「沖縄うりずんの雨」で知る沖縄の真実

映画「沖縄うりずんの雨」で知る沖縄の真実 15・6月29日
 先週土曜日、友人に誘われて岩波ホールで映画「沖縄うりずんの雨」を見た。九段下に住むようになってから20数年、岩波ホールにはよく通った。映画「うりずんの雨」は監督:ジャン・ユンカーマン、企画・製作:山上徹二郎。音楽は小室等。「うりずん」とは潤い初め(うるおいぞめ)が語源とされ、冬が終わって大地が潤い、草木が芽吹く3月頃から、沖縄が梅雨に入る5月くらいまでの時期を指す言葉。70年前の3月26日、米軍の沖縄上陸作戦が始まり、6月23日、日本軍の抵抗終結まで沖縄地上戦が終るまでの約3か月間に、沖縄県民の4分の1が亡くなった。うりずんの季節に重なり、戦後70年たった現在も、この時期になると当時の記憶が甦り、体調を崩す人たちがいる。そして戦後70年、いまなお県土の17%、日本の米軍基地の74%が沖縄に押し付けられている。映画は4部からなる。
 第1部「沖縄戦」第1部「沖縄戦」では、凄惨を極めた沖縄の地上戦で対峙し生き残った元米兵と元日本兵、そして沖縄で現地徴用され戦闘に駆り出された沖縄の人びとの証言と、新たに発掘した米軍撮影の資料映像を重層的に構成し、70年前の沖縄戦の実像に迫る。第2部「占領」では、1945年6月23日沖縄戦の組織的戦闘の終結を待たず、4月1日の沖縄本島上陸直後から始まっていた米軍による差別的な沖縄占領政策の実態と米軍基地建設、そして占領下での沖縄の人々の平和を求める反基地闘争を中心に描く。
 第3部「凌辱」では、読谷村でのチビチリガマ集団自決「集団強制死」の証言、また米軍基地の存在によってもたらされる沖縄の人びと、とりわけ女性たちへの性暴力の実態を、被害の側の人びと、そして性暴力の加害者である元米兵の、双方への取材を通して明らかにしていく。第4部「明日へ」の最終章では、辺野古への新たな米軍基地建設をめぐる、日本政府の強引な対応と、沖縄への差別的な扱いを許している本土の私たちの無関心に対して、沖縄の人たちの深い失望と怒りが語られる。小室等の音楽がすばらしい。また会場で購入したパンフレットの内容。沖縄の琉球王国成立、1429年以来、今日までの歴史年表と米軍基地を目で一覧できる沖縄地図は素晴らしい資料だ。
 2時間半近い長編の映画を見終わってわかったこと。ひとつは沖縄侵攻の歴史は徳川幕府末期の1853年のペルー提督の那覇寄港以来、アメリカは沖縄を狙っていた。沖縄戦で勝利して以降、米軍の戦利品として半永久的に基地として使う意図のもとに、住民を追い出して米軍基地を強制的に作り続けた。もう一つは、そのアメリカの意向に沿って積極的に沖縄の軍事基地化を進めた日本政府だ。1950年代は沖縄と本土の米軍基地の広さは、沖縄1対本土8だった。いまや沖縄一県に74%の基地が集中している。
 本土の反米感情を考慮してアメリカと日本政府は意図的に、本土の米軍基地を占領下の沖縄に移した。これを差別といわずしてなんというか。さらに加えて今後100年以上使用する目的で新たな辺野古新基地が作られようとしている。県知事選も地元市長選も、国政選挙もすべて「辺野古ノー」の県民の意思を蹂躙しているのだ。これこそ民主主義の否定ではないか。立憲主義の危機を叫ぶ野党議員にも言いたい。もっとも立憲主義に背反している沖縄の事態に一言もないのは、政権政党とどこが違うのかと。映画「沖縄うりずんの雨」を一人でも多くの日本人に観てほしいと切に思う。

  うりずんは 血の雨 涙雨 礎の魂 呼び起こす雨 小みねもと子(沖縄・渡嘉敷島の歌人)

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Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
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路上公園などの観察、
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