園は観察でなく「感察」する場所

公園は観察でなく「感察」する場所 16.3・30
 今朝の北の丸公園の帰途、九段下の交番の前でばったり顔なじみの青年に出会った。朝のラジオ体操の後、立ち寄る「百円珈琲の店」ミニストップでときおり顔を会わせる青年だ。先日一人で椅子に座って珈琲を飲んでゐる時、後ろの二人掛けの席で珈琲を飲んで食事をしていたその青年が「僕は一人だからこちらの席へどうぞ」と譲ってくれた。いつも三四人でしゃべっていることを知っていて席を譲ってくれたのである。眉目秀麗の礼儀正しい、いまどき珍しい青年だと思った。その青年と交差点で出会って立ち話をした。
 彼は名前を名乗って九段坂の中ほどにあるビルの実践倫理宏正会に努めていると自己紹介した。その場でパンフレットと「倫風」という冊子を取りだして手渡した。そして「できれば三百円で買っていただきたい」と言った。通常は断るが、この青年の百円珈琲の店で見せた礼儀正しさに感心していたから、即座に「ああ、いいですよ」と言った。帰って『倫風』なる会報を読んでみた。その中に以下のような公園の案内人、プロナチュラリストの佐々木洋さんの「自然は観るものでなく『感じる』もの」という話が載っていた。なるほどと思った。以下に要旨を紹介したい。
◆自然から学んだ二つのこと
 佐々木さんは、長年にわたって自然とともに歩んできました。その自然から学んだことは、大きく三つあります。第一は、「いらないものは一つもない」ということ。「都会では嫌われ者のカラスだってそうです。別名『掃除屋』とも呼ばれ、路上にころがっているネズミの死骸などを片付けてくれます。もしカラスがいなかったら、ネズミやハトが増え過ぎて、大変なことになるでしょう。つまり、カラスがいることでバランスが保たれているわけです。これは、人間も同じですね。いらない人なんて、誰一人としていないんです」
 第二は、「自然は究極の癒やし」だということ。「悩み事があると、誰かに相談したりしますが、スッキリと解消するのは難しい。そんなときは、海や山など、自然を眺めているだけで大いなる慰めになります。人にあれこれ相談するより、ほんの一時間、森を歩くだけで嫌なことも忘れられる。そんな癒やしの力が、自然にはあるんです」
◆自然は観察ではなく「感察」するもの
 プロの自然案内人」として活躍中の佐々木洋さんがホームグラウンドにしているのは、東京の都心部。皇居や公園、神社など、将来的に激変する可能性が少なく、まとまった面積の緑地があるのが魅力だといいます。そんな自然観察の達人つぎのように言う。「僕が案内するのは『自然観察会』ではなく『自然感察会』。自然は『観る』だけのものではなく、『感じる』ものだからです。目をこらし、耳を澄ませ、匂いをかぎ、できるなら触わってみる。五感を研ぎ澄まして自然と親しみ、自然の而白さや楽しさを発見してもらえるように心がけています」
 「春の公園に行ったときにも、花や虫を別個に観察するのでなく、『花が咲いたから虫が集まり、烏がやってくる』というように、すべてをつなげて、ひとまとまりの自然として『感察』することが大事なんです」。九段下の交差点で出会った青年のお陰で良い勉強をせてもらった。四国歩き遍路で「人生邂逅の不思議」を教えて下さった妙見尼さんのことを懐かしく思い出した。

     (写真 ダイコンの花 北の丸公園)

       a


      
スポンサーサイト
ようこそ!「老人はゆく」へ
「老人はゆく」へようこそ

徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

最新記事
リンク
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR