網走の御隠居の近況報告

網走の御隠居の近況報告 16・10・29
 徘徊老人にはメール友達、郵便友達が多数居たが、近年は亡くなったり、病んでゐたりで郵便友の会は、ついに二人になった。一人は郷里岡山市に住む独居老人で85歳のTである。そしてもう一人が北海道網走郡津別町に棲むⅯという御隠居である。M老は生涯独身、釧路市での高校教員生活の後、網走郡津別町の山中に500坪の土地を求め、そこに木禽岳荘なる山荘を建てて棲むこと23年、83歳にして矍鑠たる御仁である。話せば長くなるが、彼との出会いは1971年、新聞紙上である。当時、国内外で環境問題が大きな社会問題となったときである。老生は公害問題研究会なる会を発足させ、会員制の月刊誌環境破壊を出版していた。
 地方における環境公害問住民運動の発掘が最も大事だと認識していたから、代表的なブロック紙を取っていた。北海道新聞もその一つだったが、その中に小さな記事を発見した。北海道伊達市に北海道電力が火力発電所を計画しており、その問題に対して市民の小グループが「北電誘致に疑問を持つ会」を立ち上げたという記事だった。この種の反対運動はおよそ反対同盟とか反対の会というのが主であったから「疑問を持つ会」という名前に心魅かれた。これを主宰する人がⅯなる人物と分かった。以来肝胆相照らす仲となり、ついにⅯ老なるご隠居とは、約40年に及ぶ郵便友達となったわけである。今年八月満で85歳となったご隠居の近況を伝えるハガキである。
 9月29日 おハガキ拝受。北海道も漸っと雨風から解放されました。洗濯、布団干しで大忙しです。洪水の跡をみると、小生らの風倒木など被害の内に入らぬ、と実感します。健康長寿のためには①食事と②運動と③睡眠が大切と思います。③は努力しないで成立しますが①と②は随分のエネルギーが要りますね。大石武一さんの肉食の話、面白し。野獣の如き老人が望ましいです。石原慎太郎が足腰を鍛えるべく散歩してゐますが、テレビでみれば「ヨロヨロ」ですね。故西村老は「ヘロヘロ」ですと自嘲されてゐましたが、私は「ボロボロ」かしら。老人のもうひとつの特徴は、保守の道に入ると言ひます。私は反抗して、次々と新しいメニューを開拓して、「旨し旨し」と喜んでをります。結果。肥満体です。今年庭にサラシナショウキの花が咲きました。水に晒して食べると美味しいといひますが・・・。お元気で
 10月14日 拝復。昨日は零度、今朝は3度。もう冬です。ストーブの整備。灯油タンクの点検。除雪機の試運転。多忙です。私も文学さんの二日で新書版一冊はもう無理。理由は眼の力の衰へが第一です。仲井学兄の100グラム170円の豚肉。大賛成。徐々に体力を向上させてください。三浦雄一郎も、丘も登れなくなったのに努力して75歳にしてエベレストに登ったのですから。私も松山では階段を二段跳びで疾風の如く駆け抜けたのが、つい、三年前。今や一段づつも怪しいです。昨日から牡蠣が出回り始めました。日本橋のとん香(昔仲井さんと行った事あり)の婆様から、カボスとスダチが届き、昨日、ぬる燗で牡蠣酢を肴に。旨し。秋風の贈り物です。怱々
 10月20日 昔の生徒(67歳)が、純米吟醸酒、からすみ、くさや、小鯛鮨などを携えて,訪ねてくれました。道東の黄葉紅葉を誉めてくれるので、紋別まで、一泊の旅を。道中、もみじの美しいこと。秋風落莫といひいますが、淋しみは、吾ら老人に似合ひです。折りしも十六夜のまんまるなお月様。オホーツクの海を照らして、その風光、絶佳でありました。蓮舫、野田のタッグ。私は生理的不快を覚えます。アメリカの大統領、どちらがなっても世界の不幸と思います。(後略)
 網走のM老はかつて「ご隠居と呼ばれたい」と書いてきたことがある。ひとり網走山中に隠遁し、ひらすら酒と美食を求めて隠居生活を楽しむ。玄米ぞうすう二食の徘徊とは天地の差で、体重もこちらは57キロ前後、ご隠居は70キロ超と、堂々たるご隠居ぶりである。わが北の丸公園でも、どうやら肉食派が健康で長生きしているようである。/span>
 あの世にもあるか一人の月見酒 洋 (網走のご隠居辞世の句)
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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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