卒寿翁の生き方に学ぶ

公園風景 卒寿翁の生き方に学ぶ 16・11・30
 11月は晴天もあり、しかも小春日が重なって急激に北の丸公園も黄葉、紅葉が美しくなった。今朝は最高の眺めだった銀杏の黄葉が地に落ちて、地上を美しく彩る。イロハ紅葉も美しく地に落ちてもなほ燃えている。早起きして、歩いてラジオ体操をして、九段坂を下りる。毎朝やって来る松崎夫妻、達磨君、骨董屋の山ちゃんと老生の5人で、ほぼ毎朝九段下交差点の千代田区役所寄りにあるコンビニ「ミニストップ」で百円珈琲を飲んで小休止する。なにしろ松崎翁は公園にラジオ体操に来る数十人の常連のうち最高齢の90歳、大正15年4月生まれなのである。
 83歳の徘徊老人は、70代の半ばから年下の人よりも、年上の老人に興味を持つようになった。なぜならば80代を生きて90歳をこえてもなお元気に歩き生活している方々こそ自分の生きていく目標のように思うからである。学者や評論家の健康や医療についての論評には興味がないが、目の前で具体的に生活し、歩き、仕事までこなしている80代、90代こそ貴重な存在であり、学ぶべきものが沢山あるからだ。松崎夫妻は神田神保町の交差点近くで老舗の靴屋を営んでいらっしゃる。朝は6時半からのラジオ体操に参加して、その後は毎日靴屋で奥さんは会計を取り仕切り、90歳翁は靴屋のオーナーとして全体を取り仕切っている。
 ある時、神保町の交差点でバッタリ夫妻に出会って「どちらへ」と聞いたところ「これから筋トレに行く」との返事。うっかりものの徘徊老人は勘違いして「えっ金玉トレーニング?」と聞き返して大笑いになった。でも松崎翁は若い娘に車で送迎してもらって筋肉を鍛えることが嬉しくて機嫌よく出かけられるそうだ。翁は栃木県那須高原を故郷とされている。戦争中は天皇陛下が那須御用邸にいらっしゃるとき、周辺の小学校の生徒たちが、先生に引率されて出迎えることがしばしばあった。「おにぎりを持って道路に整列してお迎えした」と言う思い出話が良く出てくる。また雪の降り積もる那須高原の村だったから、雪にまつわる山村の話をよくされる。
 不思議なことに松崎翁は童顔のせいもあるが、近ごろ頭の髪の毛が黒くなってきた。どうやら83歳の奥さんが毎日旨い食事を食べさせるせいではないか。しかも青森から取り寄せたニンニクの粉を毎日食べさせている。これが効いたのではないかと思える。二人で並んだ写真も撮ったが、どう見ても童顔の卒寿翁が徘徊より若く見えると達磨君や山ちゃんがいう。ご本人もその気になって「あと10年百歳までは生きられる」と断言される。全く死ぬなんてことは考えないらしい。
 かつて作家の宇野千代女史が90代半ばに「私何だか死なないような気がするんですよ」という本を書いたが、それと同じ境地に至っているのかも知れぬ。「昔は人生とは何ぞやと芥川龍之介を読んだりして大いに悩んだが、いまは悩みはまったく無い、夢も見ない。昨日のことも忘れて生きてゐる」とおっしゃる。ひょっとして卒寿翁は仏の境地に到達しているのではなかろうか。83歳にして毎夜夢にうなされ、昼間は諸々の雑事に追われて生きてゐる煩悩の徒には及びもつかない境地である。
  木枯しに押されて老いの坂上がる 漫歩

      (写真 松崎卒寿翁 撮影山岡甫江)

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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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