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犬ふぐりを愛した故高田風神子先生

犬ふぐりを愛した故高田風神子先生 019・5・30
 私が所属している俳誌「雛」とその前身の『惜春』でご指導を頂いた、高田風神子先生が3月10日にお亡くなりになった。私が俳句に出会ったのは少年時代だった。叔父茂から私の祖父母に宛てたハガキである。南方派遣沖6094部隊濱野隊4班上畑茂とあった。ハガキには「炭を焼く老爺の肩に白き雪」という一句が記されていた。そして戦後、この部隊は最前線の南太平洋ブーゲンビル島に派遣されていたとわかった。叔父は敗戦の二日前ので1945年8月13日死亡していた。戦後半年後の冬、叔父の戦友が復員して、指の骨の欠片が入っている白木の箱を届けに来た。当時の戦友は栄養失調で亡くなったと告げたが、後年、最前線であったブーゲンビル島で、叔父は飢え死にしたとわかった。
◆風神子先生との出会い句誌『惜春』『雛』のご縁
 2008年の正月から、友人に誘われて渋谷区の旧小学校の会議室で月一回開かれる「風鈴の会」に参加することになった。「牛に引かれ喜寿の手習ひ初句会」である。句会の指導者は、福神規子先生だった。やりはじめてみるとなかなか面白い。気のおもむくままに俳句や短歌らしきものは詠んできたが、先生に指導され、他人の目に晒されて句をつくるという経験はなかった。福神先生が句誌『惜春』の主要メンバーであり、主宰者、高田風神子先生のご指導をも受けることになった。以降、昨年末まで足かけ10年間お世話になった。
 高田風神子先生は、犬ふぐりの花を殊に愛された。先生の訃報を聞いた後、私は千代田区の高齢者センター 輝きプラザで読書室に備えられてある講談社の「カラー日本俳句大事典」を開いて犬ふぐりの項を検索した。するとこの解説者が風神子先生だったことを発見した。私は亡き風神子先生の温容に接したように嬉しくなった。以下にその解説と風神子先生の犬ふぐりの句を紹介する。
―解説 春まだ浅い頃、日溜りにこの花を見つけることはうれしい。空色をした小さな花で、朝日を受けて開き夕方閉じる。路傍や賭が至るところに、地を這うように茎が拡がっている。葉には鈍いぎざぎざがある。ゴマノハクサ科の越年草で、踏まれても咲く雑草の強さがあり、花期は長い。つくづく見ると、花弁に大小があり、黙って空を向いて咲いている姿はいとおしい。正確にはおおいぬのふぐりで、明治以後の帰催植物である。ふぐりの名は、その実の形から出たものである。(高田風神子)―
 犬ふぐり数へ切れずに楽しけれ 腰下しけり犬ふぐり咲くなべに
 犬フグリわが世の春のごと多し 太陽は我にもやさし犬ふぐり
 犬ふぐり一国をなすほどにかな 知る人の知るこの径の犬ふぐり(惜春近詠集 四季の歌)
  歳時記に師の名遺れり犬ふぐり 漫歩
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徘徊老人

Author:徘徊老人
88歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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