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木原実 白夜 従軍慰安婦の歴史的事実

木原実 白夜 従軍慰安婦の歴史的事実を見よ 20・9・18
 韓国や中国戦線での慰安婦問問題を黙して語らず死んだ元兵士たちが殆どだった。私はかつて北の丸公園や千代田区の温泉施設などで、旧軍人たちと一緒になり戦中の話しを聞く機会があった。みなそれぞれに苦労話を聞かせてくださった。しかし一度話が、中国戦線での旧軍の略奪行為などに及ぶと、みな口を閉ざして語らなくなった。しゃべっても「補給は無いしすべて現地調達だったからなあ」と言葉を濁した。しかしただ一人、この現地調達の中の売春婦問題をきちんと書き残した元兵士がいた。元社会党代議士で歌人の木原実さんだ。
木原さんは、私の岡山の社青同時代の仲間で歌人の神信子氏が主催する「掌」誌上に以下のような含蓄に富んだ一文を寄せている。
ー やわらかいものにしがみつきしがみついては白夜のあがき 女には名前がない 席の床に毛布が一枚ほしいといった
 慰安婦という見なれない文字が、大きな活字で新聞紙上にあらわれたとき、お私は目を疑った。 韓国の元日本軍の慰安婦にされた女性が、日本政府の謝罪と賠償をもとめたという記事だが、私は瞬時にして、忘れることもなく忘れていたことを思い出していた。
 戦争のもう一つの側面を、罪の意識もないまま都合よく私は忘れていたのだ。それがいま白日のもとにあばかれる。私は告発されているのだ。
 戦争が侵略であるならもう一つの側面とは性の侵略を伴うということだ。
 戦後それは知識としてもおなはしとしてもさまざまに広がったが、それはそれだけで何らの価値判断をみちびき出すものではなかった。むしろそういう話にまぎれこんで、自分たちの行為を一般化し、罪なきものとしての過去の、ただ 忘れ去っていく手段にもなったような気がする。
 私は慰安婦のことが戦争にともなう性の侵略の問題追求がはじまると、日本中の男性、すくなくとも戦争にかり出された男たちは、顔をあげて外を歩くことができないだろうと思った。
 当事者たちには、誇大なまでに公然の、そして多くは殊勝な秘めごとのように、語られることの少なかったことへの挑戦である。大事なことは、問われているのは国家の罪と責任であるが、行為そのものは個人が深くかかわっている。いわば加害者としての個人の問題がさけられなくあるということだ。
 旧満州の水辺に虎林という町があった。私の所属する部隊はそこを拠点に展開していた。その大きな営門から1キロほどのところに、板囲いの兵舎まがいの小屋が立っていた。兵隊はそこをピー屋と言った。そこにいる女のことをピーと呼んでいた。
 入営してはじめて外出が許されたとき、外出の注意と一個ずつのサックをもらった。当日は例の小屋には、入口ごとに行列ができるような盛況であった。
 小さな部屋にはワラ布団のベッドとその上に若い女が坐っていた。言葉使いで朝鮮の人であることが分かった。
 慰安婦について日本政府は謝罪を拒み、民間の金を集めて対応している。謝罪の機会は失われ、あいまいな金の運営で事態を処理しているようにみえる。
 加害者である個人もいら立ちが残り、やがて忘却に沈んでいく。それでよいのであろうかとの、思いは切である。
(「掌」68号(2001・7発行)「自歌自註」転載)
 
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徘徊老人

Author:徘徊老人
88歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
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路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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