池田会長の飴玉お接待 16・12・24

公園風景 池田会長の飴玉お接待 16・12・24
 ようやく全国的に冬来たるという感じになって来た。年末も重なって公園のラジオ体操参加者の数も減ってきた。今朝あたりは20数名というところで夏場の数十名という人数から激減した。体操仲間の達磨さんに言わせると、この20年間余参加してきたが、大幅な世代交代だという。とくに神保町界隈からの参加者は、高齢化で激減した。徘徊老人が参加したのは四年余り前だが、それでも顔ぶれが変わったことに気づく。「年々歳々花相似たり歳々年々人同じからず」ということだろう。
 そのなかで変わることなくラジオ体操に参加し、愛犬チビタとともに雨の日も風の日もラジオ持参で来て下さる池田会長には頭が下げる。先生は毎朝飴玉を一袋買ってきて参加者に「飴玉はどうですか」と配って下さる。私はかつて2001年から数年あまり四国の歩き遍路をやった経験がある。2003年からは、遍路仲間と「お四国の道清掃隊」をつくって、歩き遍路をしながら、空き缶ひろいをやってきた。四国歩き遍路が経験した「お接待」という四国の方々からの有難い「お接待」に対するせめてものお返しとして東京周辺の歩き遍路経験者が、その恩返しに空き缶ひろいという運動を始めた。それに参加したのである。私は池田先生の毎朝の飴玉の「お接待」に四国の遍路にたいする「お接待」を思い出して合掌する。
 先生は飴玉のお接待の前はゴルフ場からの帰途、生みたての卵を売っている農家の直売場で卵を買って来ては知り合いに配られた。私もしばしばその恩恵に浴した。先生の卵を前会長の中条さんの奥様に「池田会長のお接待です」と持参して喜ばれたこともある。先生との出会いはラジオ体操に参加し始めた冬の寒い朝、ほの暗い道端で、懐中電灯で犬のうんちを拾っている姿を見てからである。まだ中条会長が存命のころだ。その後中条会長の後を次がれて日々我々ラジオ体操参加者のために一年を通じて精励参加されている。まことにありがたい限りである。まして先生は現役の耳鼻咽喉科の先生であり、家に在っては体の不自由な奥様の朝晩の食事を買って来て日々介護もされている。
 これもひとえに先生の頑強な肉体の為であろうと推察する。なにしろ齢89歳にして、半袖半パンツ姿で体操に来られる。その秘密は少年時代から半袖半パンツで鍛えられたことからきていると聞いた。徘徊も雪国の生まれで寒さには強かった。しかし70代を越える頃からめっぽう寒さに弱くなった。寒い朝は下ばき2枚、靴下2枚、下着の背中にミニ懐炉を入れて歩きに出るというダラシなさである。かつて先生から食生活について話を聞いたことがある。「私は野菜が嫌いだから一切食べない。いつも肉だけを食べている。むかし、内科医の医師に肉ばかり食べないできちんと野菜を食べなさいと忠告されたことがある。でもその内科医は60歳で亡くなった」と笑っておられる。かつてお世話になった大石武一元環境庁長官も93歳で亡くなるまで終生肉食を愛された。わが友人たちの酒好きは、肉、魚が大好きで「肉と魚を食って小太りが健康長寿の秘訣」と私のキャベツ汁の玄米雑炊二食の食生活に忠告する。「ボクだって薬要らずの健康体だよ」と反論するが、肉派の圧倒的迫力には勝てそうにない。
  寒波来る背にミニ懐炉貼りて出ず 漫歩

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

野菜と魚か肉

野菜を食べないで元気な先生、人はそれぞれですね。あれが悪いこれが良いなどと、一方的に決めつけるのはどうかと思います。
私は10年程前から、夕食は野菜と魚か肉で、ご飯は食べません。まあ、77歳にしては元気な方の様です。

No title

寒波来る背にミニ懐炉貼りて出ず 漫歩

出ずは、寒波が来るので・・出無いですね。

出づ・・でしたら 背にミニ懐炉貼りて出てゆくですが
漫歩さんなら、背にカイロ這って
ラジオ体操に行きそうな気がしました(*'▽')
ようこそ!「老人はゆく」へ
「老人はゆく」へようこそ

徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

最新記事
リンク
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR