84歳のノロマな老人になった

84歳のノロマな老人になった元旦 17・1・3
 昨日はちゃんと起きてラジオ体操に参加した。しかし今朝は寝すぎてしまった。目覚めたのは6時前、とっくにラジオ体操は終わっている。しかし常連は毎朝、ミニ・ストップで百円珈琲を飲むことになっている。骨董屋の山ちゃんに電話すると達磨くん夫婦も一緒だという。今日は老生84歳の誕生日だと知っていたらしく、席に着くなり「誕生日おめでとう」と山ちゃんから薔薇の花束を贈られた。
 おまけに、われら老人数人の珈琲会の最中に、若い女性3人が加わった。というのは、彼女らが、着物に羽織姿で優雅に入って来たのを見て、若い女性大好きの達磨くんが声を掛けた。今日は靖国神社にグループで参詣する途中だという。彼女らも大きな花束を2つ抱えていた。達磨くんが「今日はあの爺さんの誕生日だよ」というと、花束を隣にいる卒寿の松崎翁と徘徊に手渡して記念写真を撮ってくれた。彼女らの笑顔に引かれて達磨くんは厚かましく女性たちの席に行って目じりを下げて写真を撮る始末。まことに若いながら気の付く女性たちだった。後で聞くと都内の看護師たちが集団で初詣でをする日だったらしい。老人の扱いがまことに手馴れているのは日頃の仕事のせいかもしれぬが、ともあれ近ごろ珍しい若い女性たち出会い笑い声のたえない朝となった。
◆84歳のノロマな老人になったという自覚こそがぼけ防止
 昨年の正月は散々だった。初日にミニ・ストップで財布とカードを入れた手提げ袋をまるごと忘れて帰宅した。部屋に帰ってから気づいて、九段下交差点の点滅をものともせず走り抜けて行った。元旦早々で人が少なく手提げ袋はテーブルに鎮座ましました。それ以降、入れ歯を落としたり、杖を忘れたり、部屋のカギを道路に落としたりと、さんざんの年明けだった。まことに心臓と血圧に悪いことばかりしていた。それに引き換え今年はしっかり者の老人になった。年末年始全く忘れ物落し物がない。思うに、昨年までは70代の延長線上に生きていた。昨年後半以降、座敷童と同居というか同棲するようになって大幅に事態は改善した。童子が教えてくれたことは「爺さんは爺さんらしく生きろ。あんたはノロマに徹しろ、もう天下国家がどうのと声を大にしても身体ついて行かんのだ」ということだ。そうだった。寝すぎたからと言って、慌てて飛び起きてラジオ体操に行くことはない。それよりゆっくり着替えして、心気を整えてから珈琲を飲みに行けば良い。
 昨日は穏やかな冬日和だった。尊敬する先師和田博雄の句に「冬陽また暖かき日あり生き耐えよ」という一句がある。まことに風のない冬晴れの日は暖かい。ふと思い立って北の丸公園に足を伸ばした。一度公園の芝生で昼寝をして見ようと思ったからだ。公園の売店の脇にあった段ボールの空き箱を一つ借りて公園の池の近くの芝生に敷いて横になった。毛糸の帽子で眼を覆って横になるとたちまち快い睡魔が襲う。目覚めると日は西に傾きかけていた。左隣では外人らしいカップルがキッスしている。それが様になっているから不思議だ。右にはジーンズの若者が一人寝そべっている。よき正月元旦だった。
 懐かしき人の夢みし年明ける 八十余年生きて見あげる枯れけやき 漫歩

      (写真 朝焼けのケヤキ 撮影山岡甫江)

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芝生で雲一つない青空を見ている徘徊さんの姿は、平和そのものですね。本来の人の姿ですね。壊さないでほしいですね、この平和を。日本が、世界がずっと平和でありますように。お誕生日おめでとうございます。今年も徘徊さんのブログを楽しませていただきます。世界のどこにいても。

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はじめまして。
初めて書き込みをさせていただきます。昨年、初めてこちらのblogを訪れて以来、時折blog拝見しては元気をいただいておりました。
過ぎてはしまいましたが、徘徊老人さん、お誕生日おめでとうございます。
いつまでもお元気で、blog記事を拝見できること楽しみにしております。
ようこそ!「老人はゆく」へ
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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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