年賀状欠礼と寒中お見舞い

年賀状欠礼と寒中お見舞い 71・1・25
 寒の入り以来、東京も寒い日々が続く。旧年は、多くの先輩知己の訃報に接した。大先輩の矢野凱也さんは92歳で逝かれた。ご子息の名で以下のようなご通知があった。
―父 凱也儀 約一カ月間の入院を経て、去る10月30日に、92歳にて永眠いたしました。ここに謹んでご通知申し上げます。葬儀におきましては、故人の意思により、まことに勝手ながら、家族のみにて執り行いました。ご通知が遅れましたことを、お赦しください。尚、お供えやご香典につきましては固くご辞退させていただきたく、お願い申し上げる次第です。お墓は鎌倉霊園14区11側65号に在ります。改めまして父が生前に賜りましたご交誼に心より感謝いたします」
 矢野さんは故江田三郎の政治秘書として、1960年以降、国会の議員室に勤務されていた。当時の江田派、佐々木派との書記長、委員長をめぐる党内対立の中で、ずいぶんお世話になりご迷惑もかけた。忘れがたい人である。江田三郎が1977年4月に急逝して以降も付き合いは続いた。ゴルフのお付き合いや、矢野さんと同期の加藤宣幸さんを含めて、それこそ死ぬまでの御縁だった。今年の春先、久しぶりに矢野さんお気に入りの神田駅前の寿司屋「鮨幸」でご一緒した。加藤さんらと別れて神田駅から矢野さんと東京駅まで行った。足が弱っていたので横須賀線東京駅のホームまでお送りした。それが最後となった。
 昨年は、例年にまして、私の敬愛してやまぬ先師、先達、朋友が相次いで逝かれた。以下に掲げる方々である。洲崎美子96歳丸山尚80歳 猪上輝雄87歳 中本久子102歳 洲崎美子96歳 吉原文子96歳 猪上輝雄87歳 山岸章86歳 丸山尚80歳 宮崎裕子39歳 。今年も友人、知己から年賀状をいただいたが、賀状を出すという気持ちになれないので、以下の寒中見舞に  替えた。
 
 寒中お見舞い申し上げます。早々に賀状有難うございました。旧年は数十年来の先輩知己をはじめ敬愛する方々が亡くなりました。加えて沖縄の友人たちへの言語を絶する権力の横暴など座視するに忍びないものあり、寒中見舞いとさせていただきました。良こともありました。昨年春以降、座敷童子と同棲することに相成り、ここ数年失せ物に右往左往してきましが、ピッタリとなくなりました。座敷童子が教えてくれたことは、「あんたはノロマな爺さんになったと自覚しなさい」ということであります。いまは童子とともに愉しく徘徊しております。合掌
  気がつけば吾は一人の枯野かな 漫歩 

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今年の同世代の友人からの年賀状のほとんどが、病気があることやかろうじて生きているなど、辛い一言が添えられていました。おかげさまで心身ともに元気な私は、何者? って自分で思ってしまいました。でも、いつまでも元気でいられないこと、70過ぎたら(今はまだ67歳)健康維持にはより一層の努力(運動、食事のバランスそして、ストレスのかからないモノの考え方)が必要なことを肝に命じて、生きて行こうと思います、徘徊さんのように。
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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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