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新潟飛行場拡張反対期成同盟 関連年表 1950~1959

新潟飛行場拡張反対期成同盟 関連年表 1950~1959 資料編

●1950年
  7・ 1 第一次23町歩の農地が領軍の圧力で一方的につぶされ米軍基地になった。

●1952年
 11   第二次農地2町2反接収 第三次接収27町歩がつぶされた。

●1954年
 11・25 調達庁 第4次拡張計画発表。地元説明会で追い返された。拡張計画は、①土地約70町歩、②土地所有者240人、③世帯42人。
 12   河野新町をはじめ関係4部落が反対決議、知事に陳情書提出、
 12・20 新潟大学生自治会は、街頭で反対署名運動を開始。

●1955年
  1・14 新潟県労協の呼びかけで新潟飛行場拡張反対期成同盟発足。
  4・23 県知事選で野党の押す統一候補北村一雄、25万8千票差で自民現職を破る。
    (北村は自民の現職参議 当選:北村一男 671,007 無 落選:岡田正平 412,295 無 投票率83.60%)
  5・24 県議会で新潟飛行場拡張反対決議、満場一致。
  5・12 反対同盟知事と会見、知事は首相、調達庁に反対の意思を伝えると回答。
  5・29 福島調達庁長官、知事と会見。知事は立ち入り調査要請に、県議会決議尊重と回答した。
  6・3  衆議院内閣委員会で新潟米軍基地反対同盟箱岩善一ほか一名が参考人陳述で反対の理由を説明した。
  5・29 新潟県教組第18回大会、新潟米軍基地拡反対を決議。
  6・03 反対同盟国会対策強化、県選出議員に反対を懇請。
  7・25 知事は仙台調達局長に立ち入り調査拒否。調達局公告を握り潰し。
     新潟市連合青年団、飛行場反対総決起大会で反対を決議。
  8・ 5 閣議で拡張へ知事の協力要請、知事は、もし業務命令が出て知事の首が飛ぶようなことになれば、県民が承知しないだろうと反対持続を表明。
  9月  農民労組員による現地バリケード構築、900本の杭と5,000mのバラ線で1,500m。
  9・ 3 白山公園で新潟飛行場拡張反対県民大会、全県下から5,500名参加。砂川、大高根、浅間、その各基地代表参加。
  9・10 県市長会臨時総会、賛成多数で拡張反対決議、県内市町村議会過半数反対決議。
  9・18 反対期成同盟常任委員会、砂川町強制測量後初の会議で絶対反対の方針を確認。
     具体的には、①県知事の公告拒否をさらに続けさせる、②調達庁の強制測量は断固阻止する。
  9・21 東京行動。 22 第四回全国軍事基地反対代表者会議参加。
  9・26 地権者の委任状を取り付けるための第一回法律懇談会。
  9・23 根本官房長官、新潟基地問題で知事、県会、地元との話し合いを持たずに測量を強行したり、知事に対する公告実施の強制命令発動、また知事罷免の挙に出ることはないと語る。
  9・27 福島調達庁長官、新潟県知事があくまで公告を拒否する場合、調達庁が代理公告することが出来ると表明。
     これに対し北村知事は新潟飛行場に反対するという私の態度はいまも変わらない。地元の被害、その他基地の及ぼす影響を考えれば当然のことだと述べた。
 10・ 1 新潟市の大火発生。昭和30年(1955年)10月1日未明、当時新潟市医学町にあった県教育庁から出た火は、おりからの強風にあおられて、またたくうちに燃え広がり、市街地を火の海にした。出火原因は、教育庁の漏電とされている。8時間にわたって燃え続けた火により、市の中心部の主な建物を総なめにして、さらに礎町の方にも飛び火した、全半焼した家屋は1,000余戸に達した。
 11・20 臨時列車12両による大陳情団1,100名が夜行列車で上京。
 11・21 上野駅着、社会党軍事基地委員長加藤勘十、三宅正一、桜井、石田、稲村、清沢、小林の衆参議員が出迎え、両国国技館で砂川、大高根、木更津、茨城神之池、福岡板付など全国から合流、総勢約1,500名の大陳情団が結成された。
     10時半28台のバスに分乗して調達庁、自治省、農林省、首相官邸、米国大使館、防衛庁、大蔵省など氷雨を衝いて陳情。午後3時半から浅草公会堂で報告大会後、夜11時半発夜行列車で帰郷。
 11・22 箱岩県労協事務局長ら9名、全国軍事基地反対連絡会議参加。

●1956年
  1・ 7 闘争開き 現地闘争本部で開催。
  2・ 9 新潟商工会議所、新潟市長とともに知事に会い、他の地への移転を要望。
  2・21 全国軍事基地反対連絡会議(基地連)大阪会議に参加。
6・20 新潟市公会堂で、新潟基地拡張反対期成同盟一周年記念大会。
  8・ 9 長崎市での原水爆禁止第二回大会に保科事務局次長ら参加。
  8・15 反対期成同盟の箱岩事務局長(県労協事務局長)急逝。
  9・ 1 沖縄人民党瀬長亀次郎を迎え寄居中学校で報告会。
 10・ 2 砂川現地闘争に第一陣20名、第二陣10名参加。
 10・ 6 砂川現地闘争支援隊、当初計画の4倍122名、延べ370名が参加。
 11・20 新潟と砂川を結ぶ集会、新潟市公会堂で開催。砂川の青木行動隊長ら10余名参加、沖縄代表も参加。

●1957年
  2・13 基地反対期成同盟の婦人代表20名が砂川訪問 一泊懇談、砂川町役場で青木行動隊長ら地元民50名と懇談。
  3・30 基地反対期成同盟の要請で砂川から婦人8名が新潟へ。
  4・  社会党の全国軍事基地対策会議委員長野溝勝を団長とする9名の調査団来る。
  4・ 5 拡張反対期成同盟報告大会を開催。
  5月以降 新潟米軍基地の兵力削減、勤務要員の大量解雇始まる。
  6・17 農民労組員のカンパによる宣伝カー命名式、平和号と名づける。
  6・24 砂川、大高根、沖縄の代表を囲んで地元座談会を開催。
  7・  平和号県内を巡回、基地反対、原爆反対。
  8・10~16 平和号第三回原水禁長崎大会に参加。

●1958年
  3・ 4 在日米軍は仙台調達局に新潟飛行場を31日に返還すると通知。
  3・31 新潟飛行場返還式。5月以降は、東京―新潟間の民間飛行場空港となる。

●1959年
  1・26 新潟飛行場反対期成同盟婦人部が砂川に「越後の餅」を贈る。

<参考資料>

①『新潟日報』関連記事 1955~1958年 国会図書館立法考査局国会レファレンス課作成
②『新潟県教職員組合史』第2巻第16章 新潟飛行場拡張反対の闘い
③ 特集 基地日本―この実情を見よ 相次ぐ拡張と接収 新潟飛行場基地 河出書房『知性』昭和31年第3巻1号
④ 新潟飛行場拡張反対期成同盟 渋谷武 論文 『年報政治学』11巻 1960年
⑤ 『砂川闘争の記録』 砂川闘争年表 宮岡政雄/著 お茶の水書房 
⑥ 『砂川 ひろがりゆく日本の抵抗』 砂川町基地拡張反対支援労協/編集発行
⑦ 新潟基地反対運動を研究 沖縄との類似性を感じる 左近幸村 新潟日報2017・3・25
⑧ 福岡愛子 風間作一郎さんインタビュー 2017年12月20日

 上記資料のうち、①~④は国会レファレンス課文献提供係・係長諸橋邦彦氏による。

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Author:徘徊老人
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