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雪の東京で少年時代の雪の故郷を想う

大雪の東京で少年時代の雪の故郷を想う 18・1・25
 今週は早々に大雪警報、昼間から降り始めた雪は夜半まで止まなかった。子供の頃は雪国の岡山県北部の山間地帯で育った。凩のような風が二三日続く外山も田も乾ききる。その後に雪が降るとすっかり積もってしまう。そういう中で雪国の生活を学んだ。大根を雪に備えて藁などで室を作り、その中に入れる。その上にどっさり雪が積もると自然な雪室になって、適度な湿度を保って大根は腐らない。雪をかき分けて雪室から大根を取り出して食べる。
また雪の降る前に大根を洗って干して、その後大きな桶にたくあん漬けを作る。そういうやり方も祖母に教わった。さつま芋は縁側の下を掘って、もみ殻を入れて保存する。ここも適度な保温でさつま芋は一冬腐らない。どぶろくの元は米を蒸して麹を作り、それを寝かせて甘酒の元を作る。それがさらに発酵すると、どぶろくになる。
 たまに東京で大雪に逢うと、寒い寒いと閉じこもってしまうが、昔の雪国では閉じこもることなどない。雪の中で学校に行き、スキーを履いて滑る。雪合戦をする。大人は藁で編んだ草鞋を履いて炭焼きなど山仕事にでかける。すべて雪降るなかで生きてゐた。炬燵に入っての読書も雪国の愉しみだった。少年の頃『聞けわだつみの声』戦没学生の手記、が出版されたが今でも記憶に残る詩のことを思いだす。
◆聞けわだつみの声の田辺利広の詩 残雪のような希よ光ってあれ
 それは、田辺利宏という人の『雪の夜』という詩だった。後年知ったことだが、田辺は苦学して日大を卒業。広島県福山市の増川高等女学校の教師を3ヶ月ほど務めた後召集を受け中国に送られた。『きけ、わだつみのこえ』に収められている。1941(S16)年に江蘇省北部で戦死。26歳だった。その詩のなかにある「遠い残雪のやうな希みよ、光ってあれ」という言葉だすきで、いまもわすれない。全文は以下の通りだ。
 雪 の 夜 田辺利宏
 人はのぞみを喪っても生きつづけてゆくのだ。
 見えない地図のどこかに
 あるひはまた遠い歳月のかなたに
 ほの紅い蕾を夢想して
 凍てつく風の中に手をさしのべてゐる。
 手は泥にまみれ
 頭脳はただ忘却の日をつづけてゆくとも
 身内を流れるほのかな血のぬくみをたのみ
 冬の草のやうに生きてゐるのだ。

 遠い残雪のやうな希みよ、光ってあれ。
 たとへそれが何の光であらうとも
 虚無の人をみちびく力とはなるであらう。
 同じ地点に異なる星を仰ぐ者の
 寂蓼とそして精神の自由のみ
 俺が人間であったことを思ひ出させてくれるのだ。

      (新潟県安塚町の雪山)

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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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