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親友逝き病む人多き秋淋し

親友逝き病む人多き秋淋し 18・9・21
 この夏の暑さと台風地震と相次ぐ災害で日本全土がおかしくなった。私の先輩や知己も転倒したり、病で急死したりとこの世の風景が一挙に変わった気分だ。夏の暑さに自分自身もおかしくなって、この夏は珍しく、医者通いだった。腰の痛みによる整形外科、足の指の痛みと変形で皮膚科、目のヤニが止まらなくなり眼科へ。そして上あごの最後の一本が抜けて、ほぼ総入れ歯になった。はじめて九段病院にかかったが、たしかに近くて便利はいいが、待ち時間には参った。皮膚科は予約していたが、朝一番に行って午後二時過ぎまでかかった。整形外科は初診だったが、8時半に行って、やっと診察を終わって結果を聞いたのは午後四時を過ぎていた。病院にかかることは、よほど緊急のことがない限りやめにしたいと思った。
 わが先輩や友人たちも例外ではなかった。かつて社会党・社青同時代の友人は、1955年の砂川闘争、60年の安保闘争時代の人が多い。一言で言うと総崩れの夏だった。大阪のNさんは92歳、風呂場で転んでついに老人ホームに入所した。「周囲は呆け老人ばかりで、話し相手はいない」という。旧知の友にハガキを出すことが唯一の愉しみだ。ところが彼の文字が読みにくいと、貰った友人から「住所が読めないから教えろ」という電話やはがきが私
の所に、しばしば来る。来月の初旬にNさんが入所している宝塚に、同郷の友人Hさんと見舞にゆくこと
にした。
 三重のTさん92歳は元軍人で仲間の中では一番の元気者だった。そのTさんが脚が弱くなって部屋の中だけしか歩けない。大阪のDさんは85歳だが、血圧の薬を飲んでいたせいか、部屋の中でふらついて転倒して腰骨を折って全治三か月の重傷だった。京都のFさんは90歳の元特攻隊員だ。目が悪くて、いつも旅行には奥さんが付いて来られた。その杖とも柱とも頼む奥さんが脳梗塞で倒れた。遂に90歳にしてひとりで食事、家事などをしなければならなくなった。北海道旭川市のM君は私と同年代。いちおう体は元気だが耳が遠くなった。電話しても大声を上げなければ通じない。富山市のHさんは、私とほぼ同年だが、脳梗塞で倒れて一年余、やっと自分の足で歩けるまで回復したが、まだ言葉は話せない。奥さんが車の運転をして介護しているが、高齢で運転免許の試験が通るか心配だという。先日、電話して奥さんと話をした。やっと元気になったみたいだ。電話を彼に変ってもらったが、こちらの話は理解できるが、自分では喋れない。それでも私の話はすべて理解でるということで、ほっとした。
 そして最悪の出来事があった。わが故郷岡山県鏡野町の唯一の親友だった山田昇君急死のニュースだ。今年の春も年賀状が来た。「古里の唯一の賀状ノボル君」等という句を送ったこともある。しかし今年の夏以降、彼の電話が通じなくなった。最初はベルは鳴るが出てこない。病気で寝ているか入院でもしたかと思っていた。しかし最近電話すると「その電話は現在使われていません」と応答した。ということは持ち主がいないということだ。あちこち郷里の友人に電話して今朝判明した。昇君はこの春急死した。どうやら脳梗塞か心筋梗塞らしい。この二三カ月、通じない意味が分かった。わが友は今春あの世に逝ってしまったのだ。家が近く、彼の母親と私の母は仲が良かったせいもあって春夏秋冬遊び友達だった。長じて社会人となったが、彼は子供運がなく二人の子は相次いで早世した。奥さんも先に逝かれた。古里の唯一の賀状が来年からは来なくなる。一度故郷に帰って彼の墓に逢いたいという思いが募る。
 逢ひたきひとあの世に多く曼珠沙華 漫歩
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No title

悲しい内容の文なので拍手することを躊躇いましたが、徘徊さんの気持ちがわかり、<がんばれ>の意味の拍手です。
夫を早く亡くした娘を見ていると、生きているのは辛そうです。死んでいくのはなお、辛いでしょうか?
ご友人たちに合掌
ようこそ!「老人はゆく」へ
「老人はゆく」へようこそ

徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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