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自筆の年賀状97歳の清水美知子さん

自筆の賀状97歳の清水美知子さん 19・1・10
 年賀状を出さなくなってから10年近い。頂いた賀状には寒中見舞いでお返しすることにしている。年々少なくなっているが、これは自然の成り行きだ。とくに昨年はあの暑さの関係もあって、わが先輩同胞は亡くなったり病に倒れたりで激減した。わが古里岡山県鏡野町の唯一の友人山田昇君も昨年倒れた。今年の賀状は約50枚、なかでも嬉しかったのは97歳の清水美知子さんから、自筆の賀状をいただいたことだ。
 「明けましておめでとうございます 1月1日 本年もよろしくお願いもうしあげます」とあった。敬意を表して電話してみた。耳が遠くなって会話はし難いが、若々しい声が返ってきた。
2番目の高齢者は大阪の西風勲さんで93歳、3番目は京都の藤村恒雄さんで90歳。社会党青年部、社青同など1950年代の砂川闘争から60年安保に至る時代、我々の理論的指導者だった清水慎三さん(総評~信州大教授 1996年没83歳)の教えを受けた。清水美知子さんは清水慎三さんの奥様である。清水さんは岡山の出身で、私や初岡昌一郎さんなどは同郷の誼で、慎三さん亡き後も、しばしば浦和のお宅に伺った。日記を見ると、東京の社会党本部に来て、初めて清水さんのお宅、当時は都内世田谷区祖師谷にお邪魔したのが1955年11月15日だった。そこで旧左派青年部のグループ誌『若い群列』創刊の相談に行った。当時の清水さんは41歳、私は22歳の時だ。ご子息の克郎さんはまだ生まれてゐなかった。若い美人の奥さんだなあと思ったものだ。何しろ今から64年前の話だ。
◆93歳の北山郁子さんと88歳の網走のご隠居正木洋さん
 70年代以降の公害研時代からの友人、知人も多くはあの世に去った。健在なのは渥美の公害勉強会の医師北山郁子さん、93歳にしていまなお現役の産婦人科医として診察されている。それに次ぐのが北海道網走郡津別町に住むご隠居正木洋さんだ。今年半ばには88歳となる。生涯独身独居を貫いてまことに健康な方である。彼との付き合いも1971年から数えると47年間、主として手紙のやり取りの郵便友だちだ。今年の年賀状には白内障の手術に成功したことが書いてあった。「謹賀新年 昨年9月、目の手術、成7功、視界良好です。洗面所の鏡の前に立って、ギョツ。皺と染みが一杯の醜悪な老人が、こちらを睨んでゐるではありませんか。視力は1・5と1・0.読書のスピードも昔に戻りました。未読の本数百冊も、百二十歳位まで頑張れば読了となりそうです。希望の灯がともりました。良いお年を。」どうやら網走のご隠居は百歳位までは生きると計算しているらしい。
賀状のやり取りはないが、東京の友人たちも多くはあの世行と病人が多いが、女性の先輩友人にはシャキッと生きてゐる方が少数ながらゐる。戦前からの政治家で大阪から出ていた松田竹千代さんという清廉な政治家がいた。その長女松田妙子さんは、今年で91歳。30年前くらい前に住民図書館を一時置かせてもらった縁で、お付き合いが始まった。その後、住宅産業研修財団の古民家の全国調査や神社仏閣の代参などで、全国を徘徊させていただいた恩人である。
 九段北のホテルグランドパレスの売店にいる82歳の老女Yさんはクル病で背中が曲がっているが、いななお週4日、午前6時には出勤して働いている。新橋駅の靴磨きを40代からやっている0さんは88歳になるが、子どもの世話にはならないと頑張っている。この世はやはり、強い女たちで持っているのだ。
  古里の唯一の賀状絶へにけり 漫歩
 
 

 
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徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
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路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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