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郵便友だち二人の脳梗塞と脳出血 

郵便友だち二人の脳梗塞と脳出血 019・4・24
 長年の郵便友だち二人が倒れた。一人は岡山の友人Tだ。彼は徘徊より二歳年上の88歳。昨年暮れ、脳こうそくで倒れて入院し、幸い小康を得て岡山市郊外の住居で、一人で生活している。4月初めに帰京した際、再会した。元気そうで安心して帰ったが、最近の便りでは、血圧が百以下に低下して、なかなか治らない。血圧低下の薬はあるが、血圧上昇の薬はないそうだ。食生活を変えなければならないが、簡単には行かないそうだ。電話しても最近は中々出てこない。いったいどうなっているのだろう。
 彼とは岡山時代の、19歳から22歳までの4年間、兄貴分でいろいろ世話になった。というわけだが、インターネットもメールもやらない。1955年から延々64年間の郵便友の会だ。細かい字で書いてくるが、判読しなければわからない字が多くなったが、長年の経験で意図するところは判明する。
 もう一人の郵便友だちは、北海道網走郡に住むご隠居である。網走郡津別町という、北海道随一の寒冷地に住んで27年。これまた手紙かハガキでしか連絡できない。岡山の友人もご隠居も携帯電話だけは持っているが、こちらで書けない限り掛けて来ない。ご隠居の方は、病気一つしないで、500坪の山林に土地を買い、山荘を建てて、これまた一人住まいだ。車に乗らなければ外出できない。何しろ最寄りの北見市の病院に行くだけで約一時間かかる。そのご隠居が3月に脳出血で手術した。どうやら一週間くらいフラフラして体調が悪かったらしい。たまりかねて救急車も呼ばず、北見市の日赤病院に車を運転して行った。
 即座にに脳出血と診断され手術。これまた成功して退院した。先週、検査のため北見市に行ったそうだ。医師曰く、最初の手術した側が落ち着いて心配ない。だが反対側に多少の出血がある。手術する程ではないが様子を見よう、という診断だった。ご隠居に言わせるろ悲喜相半ばするげんじょうだという。彼とは、住民運動のつながりで、1972年に初めて苫小牧市で会った。それ以降延々47年間の郵便友だちだ。多くの友は去り、病に倒れる中で、網走郡津別町の山中で、悠々ひとり暮らしを楽しんできた。だが、今後はどうするか。車なしでは生きて行けないご隠居の今後が心配だ。ずいぶん前から、もういい加減に病院に近い北見市か釧路市に移ったらどうか、と行って来たが、未だに網走山中の山荘で思案の最中のようだ。
 当方も最近物忘れ激しく、ときには奇怪なことが起きる。昨日も袋を持って買い物に出かけた。帰って見ると、果物や豆腐の下に見たこともないベレー帽が入っている。いったいこんなものがどこから入って来たのか見当もつかない。要するに日々ボケが進んで、瞬時に物がなくなる。今から10数年前の2003年に、物忘れがはげしく脳神経外科で診察を受けた。その時まだ大丈夫と言われた。若い神経外科医は言った。徘徊さん、好きな人の名前は忘れてよろしい。しかし嫌いな人の名前を忘れるようになったら危険です、とアドバイスを受けた。徘徊はまだ嫌いな奴の名は忘れていない。それだけを根拠に認知症検査をしないのだ。

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人間って、昔のことは忘れないようですね。きのうのこと、ついさっきのこと、を忘れるみたいです。若い時の元気な細胞で蓄積した学習や経験は覚えている。老化した細胞はやはり、身体と同じ。仕方ないです。自然の理です。努力だけではかなわないこともありますよ。それにしても山の中でのひとり暮らしは心配です。過疎地の老人はどうしたらいいでしょうか?
ようこそ!「老人はゆく」へ
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徘徊老人

Author:徘徊老人
88歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

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