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草川昭三さん九十歳の急死 元公明党国対委員長との因縁

草川昭三さん九十歳の急死 元公明党国対委員長との因縁 19・9・20
 この夏は多くの先輩、友人の訃報に接した。なかでも公明党の元国対委員長で、衆参両院議員を務めた草川昭三さんが7月17日、急性心不全のため名古屋市で死去した。90歳だった。草川さんとは彼が代議士になる数年前、まだ労働運動の指導者として活躍していた1970年に初めて出会った。
 もともと政治的には名古屋の社会党だった。当時の社会党の左右対立の中では右派の江田派に所属していた。私が当時、社会党本部を辞めて公害問題研究会を発足させたころだ。『月刊労働問題』で、労働組合と公害闘争、というテーマで座談会を司会した。そこで草川さんが行っていた名古屋市南部の公害問題の取り組みを話してもらった。以後半世紀近い付き合いだった。
 草川さんの労働運動のきっかけは石川播磨重工の造船所に入ったことだ。当時私立の工業高校を卒業したばかりのとき、お腹をすかして歩いていて、ふと、白米を食わせるという看板が目に付いた。それがきっかけで造船所の旋盤工になった。いわば生粋の現場労働者だった。社会党から一度衆議院に出たが落選、当時いわゆる社公民路線を組んでいた公明党の矢野書記長と江田書記長の縁で唯一の衆議院議員として公明党の推薦を得て、1976年に衆院旧愛知2区から無所属で初当選。党の支持母体・創価学会出身でない異色の存在で、幅広い人脈を築いた。
 彼は現場の出身者だけに、常に住民運動の現場に一緒に出かけて問題を実地に検証し国会質問で取り上げた。かつて山形の大規模林道の崩落問題で大きな住民運動が起きた。その当時、私は彼を誘って崩落の原因は冬になると雪にうずもれる高地に杉を植えた戦後の政策の失敗であった。それを目の当たりにして国会で質問した。当時は元環境庁長官の大石武一氏も、戦後の拡大農林政策で、無茶な杉の植林が道路の崩壊を招いたと指摘してくださった。草川さんの現場を見てきた質問に農林省・森林開発公団もその非を認めざるを得なかった。
 私は同じ河北新報で徳島県の「細川内ダム」の問題を知った。筆者は共同通信の平野真佐志記者だった。彼との出会いによって、同じ年の年末、草川代議士と徳島県木頭村に行き、気骨のある藤田恵村長に出会うことになる。拡大造林政策で源流の山々は荒廃し、累々たる砂防ダムの「墓場」が砂に埋まっていた。源流を殺しているのは、大規模林道もダムも同じだと思った。95年の東京集会が「緑のダムで地球を守ろう-大規模林道・ダム開発を問う東京集会」となった所以である。
 幸いにして大規模林道は一時休止となり、細川内ダムは「白紙」という当時の亀井建設相発言によって中止となった。私には現地に出掛けて、その実体 を国会質問や報道で、あるいは運動で告発していただいた方々の「自分の目で見た発言」 こそが最大の力だったという思いが強い。
 草川さんは2013年84歳で引退した。国会を去る最長老 84歳・草川氏が見た「自公15年」引退議員に聞くという日本経済新聞のインタビューで、最近の国会議員に以下のように苦言を呈している。(2013・7・14)
―「公明党に限らず、最近はほとんどの議員が高学歴で高資格者。非常にいいことだが、庶民の代表という感じは乏しくなったかもしれない。ただ、そういう人が現場の労働者や本当の庶民の声なき声、小さな声をしっかり聞いて、政治に反映していくなら鬼に金棒になる」「いまの政治家は現場を知らない。昔は専門分野を持つ人がいた。国鉄の労組出身や炭鉱で働いていた人、鉄鋼、造船、農家など与野党それぞれに色々な政治家がいた。安全保障の専門家は野党の社会党にもいたー
 草川さんは没後、関係者に以下のような挨拶を送った。
◆生涯現役九十歳の死 心に残る「お礼」の言葉
 草川急死の報を聞いて、草川さんの秘書に電話して死亡前後の話を聞いた。前日の7月16日まで連日、地元の公明党候補の応援演説をしていた。夜は好きな酒を二合飲んで十一時時過ぎ寝た。深夜零時過ぎ突如心不全で死去したという。偲ぶ会を東京でやるのかと聞いた。「そういうことは一切しないという故人の遺志です」。八月十七日、東京草川会から、突然の訃報により今後の東京草川会セミナーは開催しない旨の連絡文が来た。別紙に草川さん自筆の遺書ともいうべき「御礼」と題する一文があった。
 -長い間ご支援いただきありがとうございました。昭和五十一年十二月の初
当選以来、今日まで衆議院八期二十四年・参議院二期十一年に渡り、正直者が報われる世の中を作りたいとの思いで全力で走り続けて参りました。気がつけば九十歳。これまでの皆様方お一人お一人との思い出が心に浮かびます。私、草川昭三は一期一会の思いで沢山の方々と接してまいりました。我が政治人生に一点の曇りなし。これからも皆様方のお心の中で永遠に晴れ晴れと生き続けて参ります。またどこかでお会いしましょう。草川昭三-
まさに草川昭三さんらしい見事な人生の終わり方を見せてもらった。
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7月17日の政野敦子さんからのメッセージを先ほど見て、草川先生の訃報を拝見した次第です。私はスマホのメッセージを殆ど見ないのです。そして遅ればせながら、草川先生のお写真にご冥福をお祈りしてお礼を申し上げました。日本の行政史上初の国の巨大ダム・細川内 (ほそごうち)中止は草川先生と仲井さんのお蔭だと御恩をいつも忘れたことはありません。最近はこのことも含めて拙書4冊目となる本の準備をロシナンテ社でしているところです。有難うございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。
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徘徊老人

Author:徘徊老人
88歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
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路上公園などの観察、
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