缶詰の極洋本社欠陥食品対応に納得 

缶詰の極洋本社欠陥食品対応に納得 17・6・21
 昨日は朝からラジオ体操に行き、帰りは神保町近くの新星食品で出来たての豆腐一丁を買って帰った。私は日常生活の中で玄米雑炊二食を基本として生活している。パソコンで原稿書きをしたり、資料の整理をしたりして、12時ころに食事を始める。炊き立ての玄米にキャベツの味噌汁を作り、例の如くスーパーから買ってきたさんま缶詰を開けて食べようとした。ところが中味が真っ黒になっている。これは腐っていると直感した。もう一つの缶詰を開けると無事だった。賞味期限を調べると、両方とも2019年8月となっている。
 こういう場合は、私は買ったスーパーに持参するか、ひどい場合は飯田橋にある東京都の消費者センターに持って行く。きちんと食品会社に調べてもらいたいからである。しかしネットで検索してみると、缶詰の製造会社「極洋」は戦前からの魚の会社で、それが発展して、世界各地にまたがる缶詰だけでなく、マグロなどの稚魚から育てる大きな企業だとわかった。期待はしなかったが、大企業の「極洋」が欠陥食品にどう対応するかを見たいと思って日比谷の本社に電話した。交換手は「食品の欠陥について話をしたい」というと、すぐさま担当者に電話を回した。これがまず意外だった。
 最近の大企業とくにソフトバンクなどの会社は、本社に電話しても苦情処理の担当者は絶対出てこない。録音した声でその件は〇〇の番号を押してくださいと来る。しかもそこにつながるとまたもや、「その件はどこそこの担当ですから電話して下さい」と他にまわす。あちこち電話で引き回された末に、結局はどこか九州か東北にある苦情処理の担当者が出てくるのだから、まったく解決能力はなく、腹を立て、疲れ果てて終わりということになる。そういう意味では「孫正義」なる人物の会社はまさに「孫不正義」に等しい企業である。
 だが、今回の缶詰の腐敗に対しての極洋本社の対応はまさに消費者に対する責任感に溢れていた。私が今朝の缶詰の腐敗と、もう一つの缶詰は食べられた話をして「二つとも有効期限は2019年の8月となっている」と話すとすぐさま「これからお伺いして腐敗した缶詰を頂きに参ります」と担当者が言った。その機敏な応対にも好感が持てた。では午後3時までは自宅にいます、というと、それまでに参上しますという。そして時間通りに若い担当の社員が緊張した面持ちで現れた。そして「腐った缶詰を持ち帰り、きちんと調査をして後日ご報告します」と言った。そして封筒を私に渡して「缶詰の代金です」と言って帰った。空けて見ると100円玉二つが入っていた。私の損失は缶詰代金100円である。後日、日比谷公園に行った際、本社に伺って「貰い過ぎです」と言って100円玉を返還することにした。
 かつて畏友渡辺文学氏がビール会社に対して「あのバカげたプロ野球優勝のビール掛けをやめよ」と要求した際、アサヒビールの樋口廣太郎社長は、わざわざ文学氏の自宅まで電話したきて「まったく賛成だ」と述べたという。その話を聞いて私は生涯、アサヒビールを飲むことにした。今回の「極洋」の欠陥商品への敏速な対応に感動した私は「生涯極洋の缶詰を食べる」と決めた。
  (写真 極洋のさんまの缶詰)


      a

社会党閣僚で唯一叙勲を断った伊藤茂さん

社会党閣僚で唯一叙勲を断った伊藤茂さん 17・6・18
 自社さ政権やその前の細川連立政権で閣僚経験者は、ほとんどが岩垂議員と大同小異の理屈をつけて勲一等の叙勲に預かった。野坂浩賢建設大臣のごときは市民団体の「もっと議論を」の声を無視して1995年5月に長良川河口堰の運用を宣言。当時は産経新聞を除くすべてのマスコミが「世紀の愚行」と批判した。長良川河口堰建設をやめさせる市民会議の天野礼子は「野坂は党と自分への建設業界からの金と票に目がくらんで運用を宣言した」と著書のなかで述べている(「巨大な愚 行」風媒社刊)。しかも野坂氏は勲一等を貰うと自ら胸像を鳥取市内に建てるということまでやってのけた。民主党政権の閣僚では、あれだけの愚かな政権運営でマニフェストをことごとく裏切った閣僚立で、右も左も叙勲を断った閣僚はいない。
 しかし、社会党出身の閣僚経験者で唯一叙勲を断った人がいた。1973年の細川連立政権で運輸大臣を務めた伊藤茂さんである。私は数年前、三宅坂の社会党本部が解体されるということになったころ、社会党関係者のOBの集まりで直接伊藤さんに話を聞いて確かめた。伊藤さんは言った.「社会党がこんなザマになって勲章を貰うなんてできないですよ」。あの惨憺たる、細川連立政権から、自社さ政権に至る1993年から95年に至る社会党の崩壊消滅の過程ははなんだったのか。究極のところは護憲の党は、改憲の党自民党を政権に復帰させる役割を果たしただけであった。伊藤さんはそれを「恥」として認識していた、ただ一人の閣僚経験者だった。性格的には寛容で時には物足りなさを感じることもあったが、彼の一言に敬意を表したくなった。
 私は伊藤さんに、私のブログ「老人はゆく」に唯一叙勲を断った閣僚として書きたいと了承を得ていた。しかし伊藤さんは昨年の9月病没された。約束を果たす前に亡くなったのである。当時の新聞には、衆院議員を8期務め、細川連立政権の運輸相や社民党幹事長を歴任した。伊藤茂(いとう・しげる)氏が11日、病気のため死去した。88歳。山形県出身。葬儀・告別式は近親者のみで行ったとあった。私は1955年9月に当時の港区桜川町の左派社会党青年部の専従事務局長となった。しかし翌月には左右社会党統一で三宅坂の旧社会党本部に勤務することになった。伊藤さんは当時すでに党本部の政策審議会の書記などを経て、1960年代にソ連の核実験に対する評価をめぐって日本の原水禁運動が分裂した際の、党国民運動事務局長だった。東北の山形県出身で、温厚な人柄で知られた。
 同じころ総評の国民運動担当の書記だったのが岩垂数寄男氏である。相前後して神奈川県で代議士となったが、それぞれ細川、村山政権で閣僚を務めた。伊藤さんは陸軍士官学校卒業後に終戦を迎えた。東大経済学部を卒業後、旧社会党本部書記局に入り、1976年に旧神奈川1区から衆院議員に初当選。政審会長、副委員長を経て、93年に政権交代した細川連立内閣の運輸相を務めた。総評出身の最左派岩垂数寄男氏は勲一等叙勲を「もらいたくなかったが支持者がもらえというもんで」と弁解しつつもらった。人間の出所進退はむつかしいが叙勲一つでその価値がわかる。
 2013年に伊藤茂さんから届いたメールに亡妻を偲ぶ句が書かれていた。「お彼岸の中日。昨日は亡き妻の墓参り。今日は静かな日を過ごしています。いくつかの駄句。お笑いください」とあった。合掌
 遺影ゆらと物言いたげな春の朝
 彼岸入り妻のお墓でひとりごと
 妻恋いの在宅写経梅一輪
 十ほどは若いといわれ春を待つ
 咲いて散るあと幾たびの春を見む


漫歩俳句遊び 風鈴会定例句会

漫歩俳句遊び 風鈴会定例句会 17・6・8
 風鈴会定例句会が6月3日にあった。つい先日、寒い寒いと思って居たのにあっという間に初夏である。ウロウロしている間に、まさに光陰はやの如く過ぎ去って行く。今回の句会の兼題は弁当・新茶、席題は青嵐・燕の子だった。
漫歩提出の7句は以下の通り。◎先生特選、〇先生選句、▲句友特選、▽句友選句。
  弁当のない子もゐたり夏燕 ◎
  夏草や友の形見の作務衣着て 〇▲
  万緑や卒寿杖曳く九段坂 ▽
  亡き君と二人で歩む花遍路▽
  燕の子迎へてくれし無人駅
  ビル風もときには嬉し夏柳
  歌詠みの師愛でられし君子蘭
 先生のご指摘、「亡き君と二人で歩む」ではなくて「亡き君を背中に負うて花遍路」の方がよい。「燕の子迎へてくれし無人駅」の句は、書き間違いで、「迎へ」となっていて「し」が欠けていたので取らなかったとのこと。徘徊の単純な書きたりないミスで大失敗だった。
  漫歩選句7句は以下の通り 特選▲
  老いを鳴く鶯晴子師の墓前
  晩学も楽しきものと新茶汲む
  さみだれや傘の内なるみだれ髪
  走り梅雨帰ると言へず母とゐて
  世界史の動く気配や青嵐▲
  娘等の腕まぶしい街薄暑
  ミニトマト入れて弁当出来上がる
 次回は7月7日 兼題は夕立、七夕となった。
毎朝の公園はまさに万緑の季節。ラジオ体操に参加し始めてから、もう満5年になる。福島原発事故の翌年2012年春からだ。そして玄米雑炊中心の一日二食の食生活に切り替えたのが、2011年の福島原発事故の秋からだった。それ以降、徐々に血圧の薬、胃の薬、狭心症の薬、前立せん肥大症の薬など捨てて来た。いわば食生活の改善によるクスリ依存症からの脱却である。友人のなかには、もう少し肉を食べたり魚を食べたりしなければとか、老人はある程度小太りで平均体重超過する方が望ましい、などと忠告される方もいる。確かにいまなお現役でバリバリ仕事をこなしている友人には小太りが多いし一理ある。しかし徘徊には日々コツコツ断捨離を進め乍らの簡素な食生活が合っているのだ。今日、公衆浴場で体重58キロとなり、まことに身が軽く気分がいい。

万緑の季節と変わる公園

万緑の季節と変わる公園 17・6・3
 夏空が広がる。まだ梅雨には遠い北の丸公園は万緑の季節。夏が好きな徘徊老人は、みんな暑いというが、一番好きな季節だ。北の丸公園へ今朝も歩いて九段坂を上る。愕然とすることが起こった。昨日まで咲いていた牛が淵に面する九段坂から田安門への曲がり角に咲いていた立葵の花がなくなっていた。昨日までは曲がり角に白い立葵の花が二本咲いていた。そして、少し先の方に紅い立葵が一本咲いていた。この辺りは雑草を刈り取ってスッキリしたが、立葵だけは残してくれたのだ。ところが、その3本の立葵が消えていた。なぜだろう。環境庁に抗議しようと思ったが土曜日なのでやめた。四年前、九段坂を上がってラジオ体操に参加し出してからずっと見続けて楽しみだったのに・・・。
 青空が広がる公園は楽しい。朝早く30分くらい前に公園のひろばを歩いて、池に架かる橋の真鍮の手摺りにつかまって体操をする。これは、101歳まで現役のスキーヤーとして活躍した三浦敬三翁の生き方、食生活に学ぶ中で教えられた、朝の体操のやり方である。手足の屈伸、真鍮の橋に足を持ち上げて伸ばすのを、それぞれ50回。そして敬三翁直伝の、首を上下に伸ばすのを20回、左右に向くのを20回、さらに首回しを20回続ける。左肩は50代のころ、冬のゴルフで無理な空振りをして壊してしまった。肩が骨折したのを気づかなかっために変形してしまった。時々枕が合わないと激痛が起きる。これを防ぐためにも欠かせない首体操なのだ。それから林に入って、いつもぶら下がる木の枝につかまって数十回ぶら下がる。快い緑の風の中で、6時半からのラジオ体操が始まる。
◆参加者の老化と参加者数の激減 新しい参加者たち
 だが、体操参加者の顔触れも大きく変化した。昨年のこの頃は、朝の体操にはおよそ70名くらいは参加していた。しかし最近では、前年の半数位に減ってしまった。とくに長年体操参加者を見ている大野達磨さんに言わせると、神楽坂から来ていた10名くらいが亡くなったり病気になったりして激減したそうだ。私の知り合いでも、北の丸公園に誘ってくれた南光冶さんが亡くなった。78歳の若さで三月に突然死した。あの夜は彼も参加して、友人の文学さんの禁煙ジャーナルの事務所で句会をやる日だった。その後徘徊も体調を崩して不整脈が出てきた。最高血圧が190で最低血圧が90代という日もしばしばあった。みんな年を取ってきて大きく変化する時期に来たのだ。
 徘徊らが体操する場所には、新しい参加者が増えてきた。顔も名前も知らないが若夫婦の子供連れや犬連れの人達が新しく体操に参加し始めた。いつまで続くかわからないが、新しい参加者の増えたのは嬉しいことだ。その中に仔犬とヨチヨチ歩きの子供を連れた夫婦が参加し始めた。その子どもが仔犬に引っ張られて遊んでいる姿が実に面白い。それを骨董屋の山ちゃんが写真に撮った。それが以下の写真である。そして公園の端っこの橋の崎では、カイツブリの雛が今年は4羽生まれたと、写真家の福山さんから、たくさんの写真を送って頂いた。変るものと変わらぬ万緑の公園を歩みながら、今朝も、4月30日に91歳となられた松崎翁と間もなく卒寿を迎える池田先生の元気な姿が見えるのが、一番うれしいことだ。
 万緑や仔犬に引かれ子の笑ふ 漫歩

      (写真 仔犬に引かれる幼子)

       a

北朝鮮ミサイル発射でラジオ体操中止

北朝鮮ミサイル発射でラジオ体操中止 017・5・29
 政府は、今日の午前5時40分ごろ、北朝鮮東岸より弾道ミサイルが発射され、本土から300キロの日本海の我が国の排他的経済水域内に落下したと見られると発表した。にもかかわらず、例によって大げさに北朝鮮の脅威を重大ニュースとして取り上げるマスコミのバカバカしさにあきれ返る。とくに腹立たしいのはNHKのバカ騒ぎだ。今朝北の丸公園にいつものように出かけた。30分くらい前に着いて、いつものように池に架かる真鍮の手摺りに寄りかかって自己流の体操。その後6時半にラジオ体操が始まる。ところが、いつものラジオ体操の音楽が流れてこない。そして「北朝鮮のミサイルが発射されたのでラジオ体操の放送を中止する」と発表したらしい。好天気に誘われてラジオ体操に参加した人々は、ぶつぶつ言いながら解散した。なんという事大主義だろう。とっくに北朝鮮のミサイルは遥か日本海の300キロ海上に落下したというのに、日本全国で北は北海道から南は沖縄まで、ラジオ体操を楽しみに加している公称一千万の人々をがっかりさせるバカ騒ぎだ。
 徘徊老人は、とっくの昔からNHKテレビは見ていない。特に昨今は、民放並みのやれオリンピックだ、やれサッカーだ、ラグビーだと大騒ぎしている。広告収入で食っている民放なら仕方ないが、天下のNHKが、民放並みになってしまったのはいただけない。ましてやちゃんと高い受信料を払っている方々に対する背信行為ではないか。徘徊の友人の女性で,NHKテレビを見ている人に言わせると、再放送が多く、芸人を使ったおふざけ番組、食べ物番組が多すぎる。要するにまともな番組が少なくなったというのだ。
 北朝鮮のミサイル発射に大騒ぎしている西側の大国に共通しているのは、アメリカに敵対する核実験はけしからんが、西側にくみする国には核実験を認めるというバカバカしい二重基準が恥も外聞もなく横行していることだ。まず第一はアメリカ、ロシア、中国、フランス、イギリスの第二次世界大戦の勝者は核兵器を持とうが実験使用が文句をいわない。戦後70余年経てもなおかつ、5大国は核兵器を独占しているのだ。しかもインド、パキスタンのように、核実験の後に核兵器を保有した国はアメリカに忠誠を誓うから核を容認している。また核兵器を持っていると見られるイスラエルにも止めろと言わない。
 「俺たちも核兵器を放棄するからお前も止めろ」というなら筋道が通る。しかし自分たちは世界を何回でも破滅させる核兵器を保有しながら「北の核実験は脅威だ」と言って抑圧するのは、どう考えても腑に落ちない。その点だけは自主防衛論者の田母神元航空幕僚長の見解は筋が通っている。彼は言う。「世界中どこでもミサイル発射実験はやっている。ただ北朝鮮がやると、アメリカは日本に武器を高く売れるから騒ぐ。日本はアメリカの武器を買うために世論に北の脅威を大騒ぎして見せる。中国は俺たちが居なければ北を抑えられないと騒ぐ。バカバカしい限りだ」北朝鮮のミサイル騒ぎに関しては、私はこの田母神元航空幕僚長の意見に賛成する。

漫歩俳句遊び 5月定例句会 17・5・23

漫歩俳句遊び 5月定例句会 17・5・23
 5月の風鈴会定例句会は、5月9日だった。奥様を失くされた佐藤念山さんが久しぶりに出席された。89歳でわが句会の最高齢者である。20名のメンバー中4名の男性が参加した。この日の兼題 春深し、ちんどん屋、 席題 母の日
 漫歩提出7句 ◎先生特選〇先生選句▽句友選句
  ◎同病を相憐れみて春深し
  ◎母の日よ老いても若き母を恋
  〇▽妻逝きて友も病むとや春深し
  ▽蓮華草咲けど寂しき休耕田
  ▽花水木邪心なきやと問うてみる
  ▽なんじゃもんじゃこんなもんじゃと咲き誇る 句友特選
  泣き虫の老いても恋し母の日よ
 提出句7句のうち、先生に3句、句友に特選を含めて4句選ばれた。なんじゃもんじゃはホトトギス系の季語には入っていないが、他の句集などには入っている。季語の使い方は難しい。漫歩の選んだ7句は以下の通り。特選句は、万象の宇宙を目指す若葉あり を選んだ。
 漫歩選7句 
  しみじみと遠き父母桐の花
  母の日に嘘ついたこと思い出す
  老残のひとり身となる花埃
  訪ふと言ひし友の訃春深
  ちんどん屋子等の縦きゆき風五月
  天に咲く朴の真白く新しく
  〇万象の宇宙を目指す若葉あり 新井利太郎
 次回、6月2日 兼題 新茶、弁当
 山形の友人、新野裕子さんと久しぶりに電話で話した。彼女は金子兜太の熊谷市で開かれた5月20日の句会に参加した由。金子兜太(97)は、主宰する俳句誌「海程(かいてい)」を閉じると宣言したそうである。「年齢を重ねるにつれ、主宰が担うべき役割の一部を周囲に依存するようになり、(主宰としての)限界が近づいていることを感じる」と述べ、99歳を迎える来年9月での終刊を決めた。「主宰を離れることで、より自分にこだわった生き方をしたい」とも話したという。なるほど金子兜太らしい。次なる世代に引き継ぐことなく自ら会を閉じる。私は一言で頷いた。

  (金子兜太書の「安倍政治をゆるさない」ポスター)

       a

北の友から 新幹線とオリンピックに怒る

北の友から 新幹線とオリンピックに怒る 17・5・17
 北海道旭川市に住む旧友Ⅿ君から手紙がきた。風の噂で亡くなったという話を聞いて便りを出した。さっそく返信があり、死んだというのは誤報だった。亡くなったのは札幌市に住む別の友人だった。ともに同年齢で二十歳代からの社会党青年部、社青同などで共に活動した親友である。以来数十年、だんだん年を取って八十歳を超えると、多くの知友が亡くなり、あるいは病に倒れる。それは致し方ないことだが、年賀状や手紙のやり取りがなくなるとその消息は噂でしか聞けなくなるのだ。以下はⅯ君からの便りである。
―このたびは、電話・はがきありがとう。これが友情だと感謝している。昨年は年末から弟が危篤状況で(1月5日死亡・肺癌72歳)年賀状も出せなかった。ごめんなさい。私より11歳年下(末っ子 札幌在住)で頼りにし誇りに思ってた弟でした。私が死んだというのは誤報です。私も、貴兄のはがきに書かれた(カタツムリ)のような状態ですが、なるべく外を歩くようこころがけています。しかし、大きな病気を二つ抱えてます。一つは「前立腺ガン」ですが、これは発見が早かった(昨年の夏)ので、他の器官に転移してなく現在は「ホルモン療法云月1回の皮下注射」をしてます。本当は、内視鏡での除去手術がベストなのだが、80歳を過ぎて手術はダメ、抗がん剤は副作用が必至で致命的。とのこと。もう一つは「心房細動」(不整脈)過度の運動と一人での旅行は禁止されている。
 この二つだけは厄介だが、ほかにあげれば、忘れっぽい、本を読むのも遅い、等々挙げれば限がない。そうそう、ワープロで私信を書くなんて失礼なんですが、右手が震えて文字が書けないのだ。「本態性振戦」という病気だそうだ。パーキンソン病でなくて助かった。この二つだけは厄介だが、ほかにあげれば、忘れっぽい、本を読むのも遅い、等々挙げれば限がない。私が頭に来ているのは、北海道新幹線と札幌冬季オリンピック。これは『地方創生」でなく「地方殺し」だ。J Rは「地方路線廃止」になりふりかまわずだー
 本態性振戦などという病気は初耳だが、パーキンソン病に似ているらしい。若いときは旭川に行くと車で道内の名所や、旭川の植物園などを案内してもらった。街の中に川が流れており、実に楽しく歩ける街でもある。M君の北海道新幹線は結局道内のJR路線の縮小につながり、札幌冬季五輪などは「地方殺し」という見解に同意する。福島の原発事故収拾を中途半端にして、東京オリンピック狂奔している現状と重なる。オリンピックに人とカネを動員して恥じない政治と経済への怒りは共通する。
徘徊老人も三月から急に心臓の具合が悪くなった。不整脈と診断された。ここ数年狭心症の症状もなく、玄米中心の一日二食という簡素な食生活が幸いして、まったく薬要らずの生活だった。近くの内科医院で、24時間心電図で検査したり、血圧降下剤を飲まされたりしたが、ようやく安定してきた。ひたすら歩き、食生活に気を付けている日々である。先に行った先輩友人を偲び、友よ我らもまた後を追うと日々祈っている。
  同病を相憐れみて春深し 母の日よ老いても若き母を恋 漫歩

ようこそ!「老人はゆく」へ
「老人はゆく」へようこそ

徘徊老人

Author:徘徊老人
80歳の徘徊老人です。
趣味、杖を引いて歩くこと、
お四国歩き遍路、ごみひろい
路上公園などの観察、
キョロキョロ歩き
読書、眠り薬になること多し

最新記事
リンク
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR